参考:米国における1996年の狂犬病調査

 他の工業国同様,米国でも狂犬病はおもに野生動物の疾患である.1990年以降の野生動物の狂犬病は疾病管理予防センター(CDC)に報告された全症例の92%近くを占めている.しかし,野生動物の中で狂犬病報告件数の多い動物種の相対的割合は1955年以降,顕著に変化してきている.これはおもな哺乳動物宿主に関連した数種の狂犬病ウイルス変異株の関係によるものである.
  1940年代と1950年代に実施された予防接種キャンペーンと予防プログラムによって,イヌ科動物における犬の狂犬病ウイルス変異株の伝播は1960年代までにほぼ完全に消滅した.そのため,1970年代末から1980年代初めにかけてテキサス州南部でイヌ科動物に適合した狂犬病変異株の再出現が重要な関心事となってきた.テキサス州南部でイヌ科動物の狂犬病が発生しているのは,この変異株がコヨーテと犬の中で維持されかつ伝播しているためである.またテキサス州中部では別の同種動物間流行がみられているが,これはおもにハイイロギツネにみられる別の変異株の伝播によるものである.狩猟用など繁殖目的での野生動物の移入を防止するためにテキサス州で新たな規制が施行されるようになったが,その理由は,狂犬病ウイルスを体内に潜伏させている動物が現在,狂犬病ウイルス変異株が存在していない米国の他地域にこうした変異株を移入する結果になる可能性があるからである.以前はテキサス州の狂犬病動物以外からは発見されていなかった狂犬病ウイルス変異株に感染した動物が他のいくつかの州で発見されていることが,こうした措置を促進した.
  家畜の予防接種,教育プログラムの継続,および効率的な公衆衛生インフラは今なお陸生動物の狂犬病変異株の人間への伝播を予防する効果的な戦略である.しかし,1980年以降,特に1990年以降,コウモリに関連した狂犬病ウイルス変異株による感染の結果,人間の狂犬病症例が不釣り合いに多くみられている.非陸生動物からの狂犬病伝播の予防には固有の困難性があるが,それをさらに複雑にしているのは,こうした症例のほとんどの感染歴が依然として不明か,あるいは少なくとも断定しがたいという事実である.1995年の報告書によれば,1980年以降,米国内で感染した人間の狂犬病症例19件のうちわずか1件がコウモリによる咬傷という明瞭な感染歴が特定されているにすぎない.なお,19件のうち17件は遺伝子分析によってコウモリ関連変異株に感染したものと判断されている.
  米国の広大な国土の中では,陸生哺乳類の狂犬病感染に関連するウイルス変異株を個別に特定することができる.変異株の特定はモノクローナルとの反応や,遺伝子分析で測定される核酸配列のパターンによって行われる.各変異株の生存維持はおもに主要保有宿主の同種間伝播によるものであるが,他の種からの溢出感染が主要保有宿主の生息地域内で生じる可能性もある.現在確認されている陸生哺乳類狂犬病保有宿主の地理的境界は確定されている.この地理的境界には一時的な変化があり,各保有宿主種内での狂犬病の地域的伝播の程度に応じて地理的範囲の拡大や縮小をもたらすことになる.
  単一狂犬病ウイルス変異株の主要な保有宿主の1つは引き続きアライグマ(Procyon lotor)であり,これが初めて特定されたのは1940年代,南東部諸州に生息する主要な保有宿主としてであった.感染したアライグマを人間が南東部諸州から移入した結果と思われるが,この変異株に関わる同種動物間流行が1970年代末に中部大西洋沿岸諸州で発生した.この2つは従来,別個の同種動物間流行として扱われていたが,現在,東部沿岸諸州の全域とアラバマ州,ペンシルヴェニア州,ヴァーモント州,およびウェストヴァージニア州で一体となって発生している.

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