4 授業の内容 開講にあたり近藤会長から,「21世紀は環境の世紀であり,人と自然が共生することが大切である.環境破壊と野生動物,人とペットの絆,人と食糧,その生産と安全性,人の健康と薬,公衆衛生など広い分野で動物を介し,人々の生活に関わっている獣医師がそれぞれの立場で自分の仕事を紹介し,命との係わりをお話するので皆さん一人一人が考え,命を大事にしていただきたい.」と次の7回の講義のガイダンスを兼ね挨拶を行った. 第1回 人と動物の絆 以下各講義を聴講したので感想を加え,その概要を記す. (1)第1回「人と動物の絆」動物がもたらしてくれる豊かな生活を支えるために,動物病院の獣医師は動物たちの病気を治療している.日々命と向き合う診療経験に基き,動物の痛みを如何に感じとるか,動物が治らない病気になった時どんな苦労があるのか,今回は動物病院獣医師の仕事を話す.渡辺法和氏(開業部会,動物病院) 人と動物の絆は強く,動物と一緒に生活することで豊かで潤いのある生活になり,人も動物も共に幸せになれる. 飼い主,動物,獣医師それぞれが満足感を得られるような関係をしあわせのトライアングルと称し,それぞれ分かち合えば喜びは倍に,苦しみは半分になる. 獣医師は物言わぬ動物の代弁者でありたいと願っている.例えば動物の痛みをどうやって感じとるか.怪我をした犬の映像を見ながら表情,心拍数,呼吸数などから痛みの程度,動物の気持ちを読むことが大事である.動物も人も痛みは同じであると説いた. 動物の安楽死・尊厳死に話が及んだ.動物にも,癌,心臓病など治らない病気や,痛み・苦しみを伴う病気もあり,いつか死んでしまう.乳腺癌に苦しむ犬の映像を見せ,その治療には3つの選択肢がある.[1]緩和ケアを受け,最期まで看取る.[2]何もせず自然にまかせ,最期を迎える.[3]安楽死・尊厳死を選ぶ.皆さんはどれを選択するかと問いかけた.生徒が一番多く手を挙げたのは[1],次いで[2][3]の順であった.「どれが正解,どれが最良というのはない.この犬の苦しみを感じとり,気持ちを汲んでやることが大切」と説明.飼い主から届けられたお礼の手紙を紹介すると多くの子どもたちが涙ぐんでいた.最後の質疑の時間には生徒から「どれを選ぶ人が多いか?」の問い.答は「[1]」.また「苦しみ続けるより安楽死の方がいいのではないか.でも自分が犬の立場だったらどっちがいいか分らない」という意見も出された. 「身内の人やペットの死に接したことがあるか」の講師の問いに7割以上が手を挙げ,「生き返ることはあるのか」の問いには,中学生ではさすが「0」であったが,小学生では3,4人の手が挙がった.2003年日本女子大学が1,500人の小学生を対象に行った調査によると「生き返る」とする者が22.3%あったという.ゲームなどバーチャルの世界に慣れさせられた結果なのかもしれない. ペットの死を見つめ命の尊さを考えようとした第1回の授業は,重いテーマではあったが子どもたちの涙を見て,十分に意が伝わったのではないかと思った. (2)第2回「保健所に行くとどうなるの!?」 保健所獣医師は仕事の一部として,人の都合により飼うことができなくなった犬と猫を引取り飼育管理しているが,その施設では最後まで飼育することはできない.可愛いらしい犬や猫は何も悪くない.そんな犬や猫の命と真剣に向き合っている獣医師の話である.佐藤文勝氏(公衆衛生部会,保健所) 保健所には全国で年間約9万頭の犬が引取られ,その内譲渡できるものが1万頭余で残る8万頭が処分される.猫に至っては23万5千頭中4千余の譲渡でその率は僅か1.8%に満たない. 保健所につれてこられる理由は,引越しする,飼い主が病気になった,子犬・子猫がうまれたから,犬・猫が病気になったからなど身勝手な理由が多い. 保健所で殺さなければならない犬・猫をゼロにするにはどうしたらいいか皆で考えた.定期的な譲渡会を行う,犬・猫を見てもらう,長い間犬・猫を管理し愛情の芽生えを待つ,全ての動物に公平な譲渡の機会を作るなどの対応策がある.また保健所に来る犬・猫をゼロにするためにできることは何かも考えた.最後まで愛情をかけて飼う,飼ってもらえる人を探す,子犬子猫が生まれないようにするなどがあがった.当該保健所では啓発活動などの結果,譲渡率が全国的平均よりはるかに高い60%程度に上がり,その取組みへの努力がマスコミからも注目され,テレビ東京で平成18年6月16日「ペット大集合!ポチたま」として放映された.本日もそのDVDを見ながら,個人個人が最後まで諦めない,生まれてきてよかったといえるよう,犬や猫に愛情一杯注ごうということになった. とかく暗くなりがちなテーマであったが,最後に迷子になった犬が34日振りに飼い主のもとへ還った逸話や,保健所で出産した犬が幸せになった逸話を聞きながら気分転換し,明るい雰囲気の中で授業を終えた. (3)第3回「おいしいたべものができるまで」 〜人が育てた肉と卵と牛乳〜毎日みんながなにげなく食べている肉や卵や牛乳は,農家の人たちが休みもなく,愛情を一杯注いで育てた家畜から生産される.今回は畜産に携わる獣医師の仕事を通して「命」を考えてみる. 人類はいつごろから家畜を飼っているのか.有史以前の狩や農耕における動物との関わり,畜産業の成り立ち,受精卵移植や体細胞クローンなど最先端技術に至るまで紹介した.和牛は高価であるが故に増殖技術が進んでいること,体細胞クローンのドリーとその子ポニーの写真を紹介しつつ新しい生命の誕生についても考えた. ちょっと農家をのぞいてみようということで地元羽島市の家畜の飼養状況や家畜の生理生態を示し,産業動物獣医師の仕事を紹介した.今年発生した鳥インフルエンザ防疫対策に着用した防護服を,実際に学校の先生に着てもらいその大変さを体験してもらった.さらに人や他の家畜に伝染しないようにするために今年の鳥インフルエンザで鶏17万羽の「殺処分」を行ったことを説明した. 苦しいことばかりでなく,家畜の病気を治して喜びを得たり,牛のお産に立会い生命の誕生に,農家共々感動したりすることも話した. 牛の難産の手術は行うが,豚の場合は手術を行うことは稀である.何故だろう? それは,豚の1頭当りの単価が安いため経済的に採算が合わないからである.経済性を考え治療を打ち切ることもある.動物の種類により命の価値が違うのだろうか.そんな現実にも気づいてほしい. これらの話を聞いて何に気づいたか? [1]家畜は身近な人が愛情込めて育てている.[2]家畜は人や犬・猫にはない,価値が一番高い時期に売られている.[3]私達はその命をもらって生きている.命のリレー(食物連鎖)をしているのだ.食事の時の「いただきます」「ごちそうさま」の意味が納得できるというものだ. 最後に,チャンスがあったら家畜に触れてみよう.実際に目で見て,声を聞いて,匂いをかいで,そして肌で触れて,この動物たちのことを考えてほしい.その温もりに,きっと命が感じられるだろうと締めくくった. (4)第4回「食べ物の安心と安全」 加藤樹 夫氏(公衆衛生部会,食肉衛生検査所)「いつも好きな食べ物をおいしく食べることができたらいいな」と望む人は沢山いることだろう.では「安全な食べ物を食べたい」と考えたことはあるか.毎日の生活の中では,食べ物が安全で安心であることが当たり前のように思われている.それには,そのような仕組みがあるからである.今回は,「食べ物の安全と安心」がテーマで,食べ物に隠れている病気や事故の原因を紹介し,皆さんの知らない所で,その危険を取り除く仕事をしている「人の健康を守る獣医師」の話である. 前回の授業で畜産農家が,大切に育てた家畜をトラックに乗せ,出荷するまでの話があった.その家畜はと畜場へ運ばれる.と畜場は牛豚馬などを食用にするために,と殺,解体する施設であり,ここでも獣医師が活躍している. 生体検査―生体洗浄―と殺―皮Rぎ―内蔵取出し―背割り―冷蔵保管―検査合格の一連の工程について安全で安心な肉が食べられるまでの検査体制を紹介した. 食べるということの意義について,命を持つものが生きていくためには,どうしても「偏りのない正しい食生活」をする必要がある.好きな食べ物は何か,消費動向はどうかなども付して,文字通り動物の命をいただいていることへの感謝を忘れないようにと説明した. と畜検査の映像については事前に最もチェックを厳しくした部分である.講義の後先生から子どもたち全員に聞いてもらった結果,この映像を見て「肉はもう食べたくない」とした者は皆無であり,と畜検査業務の重要性をそれなりに理解してくれたものと安堵した次第である. 次に食中毒の話である.食品を食べることによって健康状態に異常を来たすことを食中毒といい,ウイルス,細菌,カビ,寄生虫,農薬などが原因となることが多い.過去に発生した全国や岐阜県の症例と対応を紹介し,人々の生活に重大な影響があることを説明した. このように食の安全・安心に関して公衆衛生獣医師は[1]食肉,食鳥肉の安全を守ると畜検査,食鳥検査を行う.[2]飲食店,食品製造業,牛乳工場などで食中毒が起こらないよう検査監視する.[3]輸入食品の安全性が問題視されている今日,市販されている食品の農薬,食品添加物の残留,適正な表示などの検査を行い,食生活の安全を守っている.食べ物から人の健康を守るということは,まさに人の命を預かり陰で支えている重要な仕事でありこれに誇りと使命を持って働いていると結んだ. (5)第5回「薬は動物の力を借りている?」 狩野真由美氏・久木浩平氏(薬品開発会社)この日本に生まれて,一度も薬を使用したことのない人は誰一人いない.風邪,頭痛など日常生活で体験する病気を始め,結核,うつ病,癌などなど専門性の高い疾病を含め医薬品は人の医療,健康生活に欠かせない存在で,世界有数の長寿国日本に大きな貢献を果たしてきた. しかし,日頃こうして当たり前に用いている医薬品の開発には,たくさんの動物の命を犠牲にしている事実はほとんど知らされていない.この職場では,医薬品を人に使用する前に,前臨床試験という動物実験を400余試験行い,医薬品の有効性と安全性を確かめている.これらの実験のために,マウス,ラット,モルモット,ウサギ,猫,犬,豚など年間約2万匹,日本全体では400万匹余の動物が使われている.そこで,薬が開発される過程で動物がどのような形で使われ,役割を果たしているのか,人の健康と命を守るためにこうした分野でも動物の命が人の命の代わりをしている現状があることを理解して欲しい. さらに生物界の中において,人は動物や植物よりも一番多くの能力を持ち,地球上で最も優位な立場にあることを知り,その分,人には「地球上に存在する全ての生物の共生・共存をはかる」という使命,役割がある.しかし,近年人が余りにも自分たちの利益,効率,利便性などを使命・役割よりも優先させた結果,地球温暖化現象を主因として人,動物及び植物間の共生・共存バランスが崩れ,生物界が危機的状況に近づいている.自分たちもその一人,一因になっていることを忘れてはならないと,映像を示しながら説明した. その上で,改めて人の命とは何かに言及し,皆で考え「私たちの命とは時間である」と解く.そして各自の「命=時間」を人の果たすべき使命のために,率先して使う時間を多く創ることが「命を大切にする」ことにつながるのであると説いた. 講義時間を延長しての力説に,子どもたちは真剣なまなざしで聞き入っていた. 中学3年15歳,今まで5,475日(131,400時間)生きた.人生80年としてこれからの洋々たる前途23,725日(569,400時間)を大事に生きて欲しいと願わずにはいれなかった. (6)第6回「野生の命が教えてくれるもの」 大塩哲也氏(開業部会,動物病院)前回までの授業で私たち人間は他の動物たちの命を犠牲にして生活をしていることを知った.そんな人間の行為により傷ついてしまった野生の鳥や動物を治療することも,我々獣医師の仕事である.今回は野生の生き物を助けることを通して,自然の命を守るために私達に何ができるかについて一緒に考えてみよう. 自然の命を守るために大切なことは2つあり,[1]野生の動物の生態を知ること,[2]何故動物たちが傷ついたか原因を調べることである. 保護される野性鳥獣は色々あり,動物病院,市民ボランティア,野生動物救護センターなどで救護されている. 生態系の基本は食物連鎖にあり,身近な生態の例として野生の巣立ちヒナを拾わない方がいい理由を説明. ここで,皆で野生の動物たちが傷つく原因を考えた.有害物質の広がり,捨てたゴミ,高層ビルの建設,道路開発など人の生活の利便性追及の結果である. 次いで野生動物を守るために皆ができることは何かを考えた.自然の生態を乱さない.山や川にゴミを捨てない.鳥や動物の通り道の確保しよう.便利な生活を見直そう.二酸化炭素を減らそう.木曾川河川敷や集落の中に自然を増やそう.家庭でビオトープを作ろう. 野生動物が生きていけない地球環境は,すなわち人間も生きていけないということである.みんなで生態系を守ろうと結んだ. すずめやつばめ,魚や蝶など身近な動物を介したテーマであり,巣立ちヒナを捨て置けない年代の子どもたちだけに興味深げに真剣に聞き入っていた.小学校では講義のあとの質疑や感想を述べる時間に70〜80人が一斉に手を挙げるという反響であり,次の感想文のとおり理解力もすばらしかった. 「人間の出したゴミによって傷ついている動物がいることが分かりました.そして車などから出る二酸化炭素などが,動物たちにも地球にも害があることが分かったので,日常生活から見直していきたいです.」 折しも教育大学学生約40名の教育実習があり一緒に聴講していたが,彼らもその反応振りに感動していた. (7)第7回「獣医さんになるための勉強」 丸尾幸嗣氏(教育研究部会,岐阜大学獣医学課程)獣医学を教えている教員と,勉学中の学生が掛け合いで獣医師への希望と役割,勉学の矛盾と対応などについて話し,命を大事にしようと語りかけた. 先ず教員から「I want to be a Vet」の和訳で聴講生を引きつけ,獣医師は日米ともに人気の高い職業であることを説明.獣医師になるための勉強は基礎・応用・臨床獣医学などたくさんあり,実践的学問もあるので6年制になっており,国家試験に合格する必要がある.卒業後の就職状況を示し,進路選択の一助にとの思いも込めてこれまでの7回分の獣医師の職域をおさらいした. 次いで学生の立場から話した.骨格標本での体の構造を勉強,マウスの解剖,手術の練習などいろいろな実習を行う.動物の命を救うべき獣医師になるために,その中で動物を傷つけたり犠牲にしたりする.この獣医学生が抱える矛盾はどうしたらいいのか.私はこう思う.皆さんはどう思う? と投げかけ一緒に考えた. なりたい職業を選んだ以上越えなければならない.犠牲を無駄にしない.動物から学べることは何でも全て学ぼう.感謝し自分の力になるように.同時に犠牲になる動物の痛みを和らげることも忘れないと彼は結んだ. 再度教員にバトンタッチ.教員側からもこの矛盾解決に触れる.数を減らし,鎮痛に配慮する.そして何故獣医師になりたいか,なぜ獣医学科を選んだのか,そのためにどのような勉強をしているのか,自分の思いをまとめてほしいと.次いで,全7回を振り返り,世の中から獣医師がいなくなったら,どうなるか.その仕事の重要性と動物の命を大切にすることによって獣医師の仕事が成り立っていることを一緒に考えてもらった.動物の立場を最も理解し思いやる職業である獣医師の現実は動物の命を犠牲にしなければならないという一面がある.しかし動物の犠牲は命を粗末にしていることではない.自然の中で人も動物も生かされておりそれらの命を全うすることが運命づけられている.生きていることを全うしよう.それは友達や両親や全ての人の命を大事にすることであり,同じ命を与えられた動物たちをも思いやり大切にすることである.これが私たち獣医師の願いである. 皆さんはどう考えるかと,篤くあつく問いかけて終了した. |
図1 授業の様子(第1回) |
図2 受講中の中学生たち(第2回) |
図3 熱弁をふるう講師(第3回) |
図4 一斉に手を挙げる小学生たち(第6回) |