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地方会だより

「いのちの授業」の取組み

水野 拓(岐阜県獣医師会副会長)

先生写真 1 は じ め に
 平成19年4月から7月にかけて,当獣医師会では県内羽島市教育委員会と連携し,同市内の正木小学校及び羽島中学校に於いて訪問授業「いのちの授業」を実施した.
 これは,いじめや自殺,青少年犯罪が多発する中,命の尊さを考えてもらおうと我々獣医師会の会員が,各職域の中で取組んでいる日常の仕事を紹介し,如何に動物や人の命と向き合っているかを語り,人の生活が如何に命の支え合いの上に成り立っているか,命への感謝や畏敬の念を感じ取ってもらい,命を大切にしてもらいたいと願って企画し,行ったものである.
 各職域の会員代表により7回シリーズで講義を行ったが,児童生徒は大いに興味を示し,学校関係者にも喜んでいただけた.マスコミや議会でも取り上げられるなど,「命に関する教育」としては切り口が斬新であるとして各界から好評をいただいた.我々は今後県下各地に広めていき,獣医師の新たな社会貢献の一端にしたいと考えている.
 そこで今回,我々の手作りによる「いのちの授業」の取組みについてその概要を紹介する.

 2 趣 意 書
 『昨今,小中学生による殺人事件,いじめによる自殺の多発,青少年犯罪の増加・凶悪化など生命の尊厳を踏みにじる行為が横行し,子どもを取り巻く環境は憂慮すべき状況にある.
 こうした殺伐とした風潮は教育現場において「命の大切さをどう教えるか」という課題を惹起し,いろいろな試みがなされているという.
 我々獣医師は,自然・社会環境の中において人と動物の接点に在り,「命の最前線」に在る.その幅広い仕事を通して常に「命」に対峙してきた.
 例えば動物の診療はもとより,動物性蛋白食糧の安定供給と安全安心の確保,人獣共通感染症の予防,食品の安全性の監視や公衆衛生の向上,野生鳥獣保護と自然環境保全,さらには薬の安全性や効能確認のための動物実験や研究など,それぞれの職域において子ども達にも身近な「命」を日常生活の中で見つめてきた.
 日本獣医師会が1995年に発表した「獣医師の誓い―95年宣言」では獣医師は「動物の健康に責任を有するとともに,人の健康についても密接に関わる役割を担っており」,「人々がうるおいのある豊かな生活を楽しむことができるよう,広範多岐にわたる専門領域において,社会の要請に積極的に応えていく必要がある」と宣言し,「人と動物の絆(ヒューマン・アニマル・ボンド)を確立するとともに,平和な社会の発展と環境の保全に努める」とうたっている.
 岐阜県獣医師会においてもこれらの実現のため,かねてからいくつかの事業を展開してきた.
 学校での動物の飼育体験を介し生命を体感することを通じて,情操教育(心の健康教育)を推めることの必要性と重要性を訴えてきた.そして,その推進に当っては学校と動物医療機関との連携が必要であるところから,動物の健康,児童生徒の安全と健康,動物愛護の三者による専門チーム(三位一体)を組んで学校側への支援を行ってきた.現在18市町村と業務委託契約を締結し学校飼育動物サポート事業を行っている.また,シンポジウム「学校飼育動物への取組み」は第13回を迎え,教育関係者,獣医師双方に好評を博している.今後も日本獣医師会と呼応して生命尊重教育といわれる「心の健康教育」推進のための学校獣医師制度の確立まで昇華させていきたいと考えている.
 また我々は「人と動物との共生」をテーマとする教育・福祉の総合拠点「動物ふれあいパーク」の創設を県に対し提案要望してきたところである.これは人の豊かな感性を育て,人間性の回復をめざして,子どもたちをはじめ県民が,日常的に動物とふれあい,動物に関する知識を習得し,愛護精神を涵養し,さらに岐阜県の自然環境や生態系を学び・保全するとともに,アニマルセラピーを実践・研究できる,県民の長年の夢の施設である.本施設の全体は未だ実現を見ていないが,その重要性については当局に理解いただけたものと確信する.
 これらの活動や施設は,動物を介し児童生徒が生命観や動物観,社会観や自然観を育み,その人格形成に果たす役割を期待してのものである.
 今,子どもたちを取り巻く「命の問題」がクローズアップされる中で,岐阜県獣医師会は,教育機関と一体になって「命の授業」に取組むこととした.
 それぞれの獣医師の職域を紹介し,如何に命と向き合っているか,社会生活が如何に様々な命の支え合いの上に成り立っているかなどを伝え,多感な小中学生に対し命の大切さを訴えたいと思う.そして命への感謝や畏敬の念を感じ取っていただきたいと思う.
 この「いのちの授業」への挑戦を獣医師の新たな社会貢献の一端としたい.』
 本事業の趣意書は以上のとおりである.
  長年続けてきた学校飼育動物に対するサポート事業やシンポジウムも,アニマルセラピーを核とした動物ふれあいパーク構想も,その他釣り糸回収事業など日常活動にしても,活動はそれぞれに意義深く精力的に取組んできているが,しかし,今ひとつ物足りなさを感じていた.
一方,多くの県民は,獣医師とは町の「犬や猫のお医者さん」をイメージし,他の分野については,最近ニーズが高まりつつあるとはいうものの,まだまだ全体的な認識はされていないのが実情である.従って社会的評価も十分とは言い難く,獣医師の待遇改善を論じるときのネックになっていた.我々は社会性を培い,社会貢献を果たすことが重要であると痛感させられていた.
 今回のこの企画はまさに,これらに対する集大成になる要素を備えていると考えての取組みである.

 3 本授業取組みの経緯
 平成18年9月,羽島市教育委員会に関係する一会員から「提案」があり,近藤会長は即座に取組みの検討を約束.早速,提案者と三役とで素案を作り,役員会を招集し取組みを正式に決定した.10月には教育委員会と打合せをし,対象の小中学校の選定に当った.教育委員会の調査で市内14の小中学校のうち,「希望する」「一部希望する」「検討する」とした11校の中で「命の大切さこそもっと子どもたちに考えさせたい」とする正木小学校と,「中3に対し“生きる”をテーマに問題解決学習を仕組んでおり,そこでの実践を考えている」とする羽島中学校を,最も積極的かつ具体的に我々の意図を汲み取っていただけたものとし,市教育委員会でその2校を選定していただいた.正木小学校は6年生185名,羽島中学校は3年生256名が対象で,両校とも「総合的な学習の時間」での1回1時間授業であった.
 一方講師については当獣医師会各部会から推薦してもらい,結果的に7組10名を選定し,助言者として岐大獣医学科教授,提案者,開業部会長の3名を加え企画委員会(チーフ村田副会長)を立ち上げた.
 7回シリーズのストーリーを作り,映像を用いて説明することにし,単独でやっても成り立ち,それでいて7回の連続性のある構成にした.
 対象が多感な小学校6年生と中学3年生であり,教育的配慮が欠かせないこと,及び学校側の意向も汲むことが望ましいことから教育委員会・両校の先生方にも加わっていただき,理科,保健体育,性教育,道徳など学習指導要領上の到達度,我々が何気なく使う専門用語や一般的言葉使い,多感な子どもたちに命の現実を映像としてどこまで見せるかなどなど細部にわたり入念にチェックしながら準備を進めた.
 事務的には既決予算での対応で,大部分が講師のボランティアに頼る結果になり,執行部としては恐縮している.今後改善を検討することにしている.

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