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論 説

(4)2004年 米国産牛肉の安全論議
 1月27日,衆議院農林水産委員会において亀井善之農水大臣は,米国産牛肉輸入再開については,全頭検査の実施を条件とすると述べた[20, 33].
 しかし,米国農務省が依頼した国際専門家委員会は,2月4日,「食用牛の全頭検査については,人及び動物の健康を守る上で,正当な根拠がない」とする報告を発表した[34].
 2月20日,同調査団長を務めたスイス連邦獣医庁のUlrich Kihm博士は日本の食品安全委員会を訪問し,「全頭検査には安全を守る機能がほとんどない」と述べた[35].
 2月27日の衆議院厚生労働委員会において城島正光議員が,全頭検査の科学的意味を解説した論文[36]を示しつつ,全頭検査の根拠について質問を行った.厚生労働省大臣は「検査の実績を踏まえて,今後どうするかを考えようと思う」と,検査見直しの可能性を示唆した.
 4月14日には日本学術会議が公開討論会を開催した[37].その中で品川森一博士は,BSE検査は感染牛を摘発・排除することを目的として行われるが,検査の見落としは危険部位の除去で補うという考え方を述べている.これは,前述のように山内一也博士が否定した厚労省の説明と同じである.
 吉川泰弘博士は,BSEリスク評価の結果,30カ月齢以上の牛の検査でも,全頭検査でも,リスク削減効果はほとんど変わらないと述べた.
 小澤義博博士は,BSE検査は30カ月齢以下のBSEを検出することができないこと,乳牛のオス及び和牛は30カ月齢以下で食肉処理され,これらは全体の2/3を占めること,したがって,BSEの半分以上は陰性と判定される可能性が高いことを報告した.
 池田正行博士は,全頭検査がパニックに対する政治的な緊急避難対策として始められたこと,そのため,一般市民に対しての,全頭検査の科学的な意味の説明がほとんどなかったこと,その結果,全頭検査は「科学的根拠不要の神話」となったと述べた.
 山内一也博士は,世界各国のBSE対策について紹介し,EU科学運営委員会の見解を引用して,消費者の保護のために理想的なレベルは感染した牛を食用から排除することで,それが十分に保証されない場合の第2段階が危険部位の除去であると述べ,これまでの説明とは逆に,検査が第1段階であるとの見解を示した.ただし,感染した牛をすべて発見する方法が存在しないことは,すべての講演者が認めている.
 司会を務めた著者は,危険部位の除去が人間及び動物の健康を守るために国際的に認められた標準的対策であり,BSE検査の主な目的は,BSEがどのくらい広がっているのかを見極め,予防と対策の効果の成功度を確認するためであると,まとめた.
 4月24日に開催された「BSEに関する第3回日米協議」において,日本側は,検査で感染牛を食用からはずすことが重要な対策だが,検査には見逃しがあるので,すべての牛から危険部位を除去することで検査の不備を補うダブル・チェックを実施していると述べている[38].これは厚生労働省や一部専門家がかねてから主張していた説である.しかし同時に,全頭検査には見逃しが多いという米国の主張を日本が公式に認めたのだ.
 9月9日に,日本のBSE問題を見直していた食品安全委員会は,「日本における牛海綿状脳症(BSE)対策について(中間とりまとめ)」[39]を発表し,現在の検査法では20カ月齢以下のBSEを発見することは困難なこと,病原体の99%以上が集中している危険部位を確実に排除すれば新型ヤコブ病のリスクのほとんどが低減されること,したがって,検査を行ってもBSEを発見できない牛を検査対象から除外しても,危険部位の除去さえ行えば新型ヤコブ病のリスクは増加しない」とする報告した.ここでBSE検査の限界が2001年以来改めて公式に認められたのである.この報告を受けて,政府は食肉処理施設におけるBSE検査を含むBSE対策全般の見直し作業に着手した.
 食品安全委員会は,国民の広い層からの意見を聴取し,これを食品安全委員会における審議に反映させるために,日本全国の47都道府県,50カ所において意見交換会を開催した.この会における主な意見は全頭検査の継続を求めるものであった[40].BSE検査には限界があるという食品安全委員会の報告と説明にもかかわらず,検査によりすべてのBSEを食用から除去できるという誤解と,検査がBSE対策の第一選択であるという誤解,すなわち「全頭検査神話」は揺るがなかったのである.
 10月19日,食品安全委員会が英国から招いたRay Bradley博士は,感染牛のと殺と焼却,肉骨粉と危険部位の禁止など,英国におけるBSE対策を紹介した.そして,弱齢牛の検査には科学的な根拠がないこと,英国では30カ月齢以下の牛は食肉処理施設において検査を受けることなく食用になることなどを説明した[41].
 10月30日に,日本学術会議は食品安全委員会と共催して,BSEに関する2回目のシンポジウムを開催した.英国のDanny Matthews博士は,危険部位の除去こそがBSEの最も重要な対策であり,英国の経験に習って対策を立てるべきであると強調した.スイスのDagmar Heim博士は,BSE対策は科学に基づくべきであって,政治や感情に基づくべきではないと述べた.ニュージーランドのStuart C. MacDiarmid博士は,現在の世界のBSEのリスクは小さく,リスク管理はリスクの大きさに比例したものであるべきと述べた[42].
 12月7日には,米国のStanley Prusiner教授が来日して,彼自身が開発したBSE検査法を紹介し,「全頭検査を続けるべき」との意見をのべた.しかし,聴衆から「検査はすべての感染牛を発見できない」との反論があった[43].
(5)2005年 検査月齢の変更
 2月25日開催の衆院予算委員会において島村宜伸農林水産大臣は,食用牛の全頭検査は「世界の非常識だ」と述べた[20].野党は,これが食品安全委員会に対する圧力であるとして反発し,消費者団体や農業協同組合もこれに同調し,同大臣は,翌週になって,この発言を撤回した.
 5月6日,食品安全委員会は「我が国における牛海綿状脳症(BSE)対策に係る食品健康影響評価」の中で,BSE検査の月齢を21カ月以上に変更しても,BSEのリスクの増加は「非常に小さい」との結論を発表した[31].
 8月1日に,政府は検査を21カ月齢以上に変更した.ところが,全ての地方自治体が,消費者の混乱を防ぐためという理由で全頭検査を継続した.そして,国は地方自治体の行う全頭検査を3年間は補助するという決定を行った.
 12月8日,食品安全委員会は「米国・カナダの輸出プログラムにより管理された牛肉・内臓を摂取する場合と,我が国の牛に由来する牛肉・内臓を摂取する場合のリスクの同等性」に係る食品健康影響評価を発表した[44].
 主な結論は,( i )すべての月齢の牛の危険部位の除去,( ii )20カ月齢以下の牛であることの証明,( iii )処理ライン,洗浄,識別,包装,ラベル張りなどのすべての過程において,日本向け牛肉が他の牛肉と識別されるという,対日牛肉輸出プログラムが守られる限り,BSE汚染の確率は非常に低いというものであった.この報告を受けて,消費者団体やマスコミの反対意見が続く中で,日本政府は米国産牛肉の輸入を再開した.
 これまでのBSE対策費は約5,000億円,食肉関連産業が受けた損失は約6,000億円.多くの焼肉店が廃業・転業に追い込まれたといわれる.また,危険部位を除去した後の廃棄物から作った肉骨粉は牛肉と同様の安全性が確保されているのだが,未だにこれを利用するのではなく単に焼却し,毎年100億円以上が費やされている.

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