3 ケタミンを用いない麻酔維持と鎮痛 これまでのケタミンの使われ方としては,ケタミンを中心に用いて麻酔導入し,その後吸入麻酔薬を用いて麻酔を維持するか,小さな手術あるいは処置などであればそのまま麻酔を維持する方法が大部分であったと考えられる.ケタミンを用いない(必然的に麻薬も用いない)とすると,麻酔維持の主体は吸入麻酔薬となるが,その使用方法はケタミンを用いた場合と特に大きく変わる点はない.一方ケタミンを使用した場合には,あまり意識せずともある程度の周術期鎮痛を行っていることになる.もちろんケタミンだけで十分な鎮痛が得られるわけではないが,ケタミンを用いない場合には,より鎮痛に配慮する必要がある. 1)吸 入 麻 酔 吸入麻酔薬についての最近の話題としては,鎮痛作用が,従来考えられていたものより弱いことが明らかとなってきた.ケタミンの話と直接関連するわけではないが,今後の麻酔のあり方あるいは実際の麻酔方法と深く関係する事項なので簡単に触れる.吸入麻酔をはじめとする全身麻酔薬により,大脳皮質感覚野は十分に抑制されるため,一定レベルの麻酔薬を投与しておけば術中に動いたりすることはない.しかし,手術操作による痛み刺激(侵害刺激)の脊髄・視床レベルへの伝達は十分に抑制されておらず,これが術後疼痛増幅の原因となり,同時に神経内・分泌反応あるいは免疫反応を引き起こし生体にさまざまな負担をかけることになる.これらの反応を十分に抑制しようと思うと極端に高濃度の麻酔薬が必要になり,重度の低血圧や呼吸抑制などさまざまな問題が生じ現実的ではない.ヒトでは,これらの問題を解決するためにバランス麻酔という概念が広く取り入れられるようになってきている.すなわち吸入麻酔薬は主に催眠作用期待する薬剤として使用し,鎮痛は主にオピオイドあるいは硬膜外麻酔に担わせようとする方法が主流となりつつある.獣医学領域では,まだ一般的な方法とはなっていないが,吸入麻酔で麻酔を維持する場合には,できるだけ鎮痛薬を併用することが求められる.2)ケタミン(麻薬)を用いないで効果的な周術期鎮痛を得る戦略 前述のように,鎮痛は術後だけに限られるわけではなく,術中の鎮痛も非常に重要である.さらに周術期管理という点からは,術前から十分に鎮痛に配慮する必要がある.このように麻酔と鎮痛は独立に存在するわけではなく,両者は互いに重なり合った関係にある.ケタミン(麻薬)を用いないで,より優れたな麻酔/鎮痛を得るためには,先取り鎮痛,マルチモーダル鎮痛,定量持続静脈内投与(constant rate infusion,CRI),および局所ブロックを用いた戦略的な麻酔/疼痛管理法が効果的である.
3)麻薬指定されていない鎮痛薬 a)非麻薬性オピオイド(ブトルファノール,ブプレノルフィン,トラマドール):オピオイドμ受容体あるいはκ受容体を介して鎮痛効果を示す.ブトルファノールはμ拮抗-κ作動性であり,作用発現は速やかであるがその持続時間は短く,疼痛管理ではCRIによる投与を考慮する.ブプレノルフィンは部分的μ作動薬であり,向精神薬としての取り扱いを受けるが,作用持続時間が長く,疼痛管理に有用である.トラマドールはμ作動性に鎮痛作用を示すが,その作用をオピオイド拮抗薬のナロキソンで完全には拮抗できないことから,オピオイド受容体以外の鎮痛経路もあるとされ,非定型オピオイドと分類されている. 4)犬猫の周術期疼痛管理法を計画する上で考慮すべき点 麻酔/周術期疼痛管理のプロトコールは,症例の術前の全身状態[21]と予想される術後疼痛の程度[22]を考慮して計画する.特に,麻薬指定の薬物を使用しない場合には,マルチモーダル鎮痛による先取り鎮痛を取り入れ,麻酔前投薬,麻酔導入,麻酔維持,そして術後疼痛管理を入念に計画する必要がある. a)術前の全身状態 5)ケタミンを使用しない犬猫の麻酔/周術期疼痛管理の例 以下に,犬猫における先取り鎮痛とマルチモーダル鎮痛を考慮した麻酔/疼痛管理プロトコールの例を示した.もちろんこれらは用量を含め固定された方法ではなく,違う方法と組み合わせこともできる.また当然ながら,これらの方法が完全に安全であるわけではなく,特に今まで使用したことのない薬剤の場合には,各薬剤の特徴と問題点をよく理解する必要がある.たとえば,メデトミジンを用いる場合には,循環器系をはじめとする変動が大きいことに注意し,NSAIDsを術前に使用する場合には,術前の腎機能検査,術中の十分な輸液や血圧維持など腎不全には特に注意を払う.すべての獣医師が麻酔や鎮痛に対して十分な知識を持ち,より快適でより安全な麻酔,鎮痛を目指してほしい. a)犬の去勢術(全身状態クラス I ,日帰り手術): 麻酔前投薬:メデトミジン20μg/kg IMb)犬の卵巣子宮全摘出術(全身状態クラス I ,全身痙攣の経歴なし,日帰り手術): 麻酔前投薬:プロピオニルプロマジン(またはアセプロマジン)0.05mg/kg IVc)犬の前腹部の外科手術(全身状態クラス II ,入院症例): 麻酔前投薬:ミダゾラム0.1mg/kg+ブトルファノール0.2mg/kg IVd)犬の前肢の骨折整復術(全身状態クラス II ,入院症例): 麻酔前投薬:ミダゾラム0.1mg/kg+トラマドール4mg/kg IVe)犬の後肢の骨折整復術(全身状態クラス II ,入院症例): 麻酔前投薬:ミダゾラム0.1mg/kg+トラマドール4mg/kg IVf)猫の去勢術(全身状態クラス I ,日帰り手術): 麻酔前投薬:メデトミジン20μg/kg IMg)猫の卵巣子宮全摘出術(術前の全身状態クラス I ): 麻酔前投薬:メデトミジン20μg/kg+ブトルファノール0.3mg/kg IMh)猫の前肢の骨折整復術(全身状態クラス II ,入院症例): 麻酔前投薬:ミダゾラム0.1mg/kg+ブトルファノール0.2mg/kg IVi)猫の後肢の骨折整復術(全身状態クラス II,入院症例): 麻酔前投薬:ミダゾラム0.1mg/kg+ブトルファノール0.2mg/kg IV |