3 ケタミンの薬物動態 ケタミンの血漿蛋白結合率は,あまり高くなく,犬では53%,猫では37〜53%である.このようにケタミンは蛋白結合率が低く,かつ脂溶性が高いため,筋肉内投与によっても急速に全身に分布し,作用の発現も早い.筋肉内投与時の生体利用率は90%を超える.経口投与によってもケタミンは体内に吸収されるが,最初に肝臓を通過するため,その代謝により生体利用率は,20%以下となる.ケタミンを静脈内投与すると,30〜90秒で麻酔効果が現れ,通常の投与量であれば3〜10分間持続する.筋肉内投与によっても3〜5分間で効果が現れ,10〜15分後には最大効果に達し,犬では20〜30分,猫では30〜60分間効果が持続する.麻酔からの覚醒は,チオペンタールと同様,主としてケタミンが血流の豊富な組織(脳など)から,血流の少ない組織へ再分布することによる.犬においては,ケタミンは主として肝臓で代謝される.一方ネコでは大部分が腎臓から未変化のまま排出され,肝臓での代謝はほとんど受けない.このため,腎機能が低下している猫では慎重に投与するか使用しない方がよい.猫における消失半減期は66.9±24.1分であり,これは投与経路には左右されない. |
4 ケタミンの副作用 ケタミンは,直接的には心筋を抑制するが,投与後心拍出量,心拍数,平均動脈圧,肺動脈圧,中心静脈圧はいずれも増加し,心筋酸素消費量は,大幅に増加する.これらの効果はいずれも,ケタミンの交感神経刺激作用による.一方末梢血管抵抗については,増加するという報告と,減少するという報告がある.したがって,高血圧,心不全,動脈瘤のある動物に対しては,慎重に投与するか,使用を控えた方がよい. ケタミンを投与すると,呼吸は浅く多くなることが多いが,次第に正常に戻ることが多い.ただし多くの場合血液ガスに,影響は及ぼさない.ただし高用量になると呼吸抑制作用を示し,またそれ以外の場合にも時として強い呼吸抑制が生じることがあるので注意が必要である.またケタミン投与時の特徴的な呼吸様式として持続性吸息呼吸(吸気の終わりに休止期がくる)が見られることが多い.ケタミンを投与すると唾液分泌が増加し,呼吸障害の原因となりうる.このため通常は副交感神経遮断薬が併用される. ケタミンは,脳血流量を増加させる(犬で80%増)一方,脳酸素消費量は不変かあるいは増加させる(犬で16%増)ため,頭蓋内圧を上昇させる.このため頭蓋内に占拠性病変あるいは頭部外傷を持つ動物では禁忌となる.さらにケタミンは,痙攣発作を引き起こす可能性があるので(猫より犬で生じやすい),てんかん発作のある動物あるいは,脊髄造影など痙攣発作を引き起こす可能性がある検査の麻酔薬としては使用しない.ベンゾジアゼピンなどのトランキライザーを併用すると痙攣を抑えることができる. ケタミンは,通常トランキライザー,鎮静薬と併用される(特に犬).一般的に用いられる薬剤としては,キシラジン,メデトミジン,アセプロマジン,ジアゼパム,ミダゾラム,ブトルファノールなどがある.これらの薬剤を用いた場合には,循環呼吸器系の抑制が出現しやすくなるので,注意が必要である.また唾液分泌を刺激するため,通常は副交感神経遮断薬(アトロピンなど)を併用する. |
5 ケタミンの臨床応用:特に鎮痛薬として ケタミンは,すでに幅広く用いられている薬剤であり,実際の使用方法については,麻薬としての取り扱い・管理を除けば,麻薬指定後も特に変わる点はない.一方最近注目されているのが,鎮痛薬としてケタミンを用いる方法である.鎮痛薬としてのケタミンは,人医療ではその効果についていくらか議論の余地があるようであるが,周術期の鎮痛薬として応用されている[3].獣医療ではWagner[4]らがイヌの前肢断脚手術を対象とし,術中鎮痛薬のフェンタニルにケタミンを併用した研究を報告している.彼らは術前,術中,および術後18時間ケタミンを併用した群とケタミンのかわりに生理食塩水を投与した群を比較した.その結果,術前から術後にかけてケタミンを使用した群では術後12時間と18時間のペインスコアが有意に低かった.また,ケタミン併用群では術後3日目の活動性が有意に高かった.その他,犬の避妊手術にケタミン2.5mg/kgを導入時または抜管時に筋肉内投与した群とケタミンをまったく投与しなかった群を比較した研究では,ケタミン群はコントロール群に比較して術後の追加鎮痛薬が少なく,痛覚過敏も少ないという結果がでている[11].加えて,この研究では投与のタイミングとして術前の投与が効果的であると結論付けている. これらの研究の結果から,ケタミンは獣医療でも鎮痛薬として効果的に使用できる可能性が示唆される.使用タイミングは,術前,術中,術後のいつでも使用が可能であるが,術前および導入時の使用が効果的であるだろうと思われる.術前は鎮静薬として,または麻酔導入薬としての使用が便利であろう.術中は持続点滴または低用量を間歇的に投与する方法が考えられる.術後には,鎮痛薬として皮下または筋肉内への投与や持続点滴での使用が勧められる.表1に推奨できるケタミン投与のタイミングとその用量を示す. |