3 獣医学教育体制の整備・改善の必要性
(1)獣医学教育改善に向けての活動の経過等
獣医学教育年限が6年に延長され20年が経過したが,獣医学教育の現状を見ると,10国立大学法人の獣医学教育課程のほとんどが,未だ特定学部の一学科に位置づけられたままであることに代表される通り,国公私立大学ともに,1大学当たりの教育研究組織がきわめて小規模にすぎ,施設・設備をはじめ教員数等すべての教育環境の不備が各方面から指摘され続けたまま今日に至っている.
この間,関係者は一様に手を拱いていたわけではない.獣医学教育改善に向けた関係者の活動の経過を見ると,その発端は40年近くを遡る昭和45年からの獣医学教育年限の延長要請に始まり,活動は節目節目で大きくチ期に分けられ今日に至っている.経過の詳細は,本誌第58巻3月号掲載の唐木英明全国大学獣医学関係代表者協議会会長(当時)による「獣医学教育改革運動,反省と今後」に整理されているが,[1]
教育年限の延長は実現したものの国立大学の再編整備が関係大学をはじめ地域コンセンサスに至らずに成立せず,一方,平成2年に大学院連合獣医学研究科の設置に至った第ソ期,[2] その後しばらく活動の停滞をへ平成9年の財団法人大学基準協会による「獣医学教育に関する基準」の制定に始まり,平成13年の獣医学教育のあり方に関する懇談会による答申の提出,国立大学農学系部長会議による「獣医学教育の改善のための指針」のとりまとめ,更に,平成16年の文部科学省の国立大学における獣医学教育に関する協議会による報告の提出等結果として教育改善に向けての目標が定められただけに終わった第タ期,[3]
そして,折柄の大学教育改革の中で第三者による大学評価と大学運営改善促進制度が導入され,これらの動きを受け,獣医学系の私立大学において相互評価の取り組みが開始され,また,日本獣医師会を中心に全国大学獣医学代表者協議会,日本学術会議関係者により獣医学教育分野に特化した外部評価のシステム作りの検討が開始された事に始まる第チ期であるが,この間,日本獣医師会は,社会の要請に応え得る獣医師養成を目指す上で,現行の16獣医学系大学による獣医学教育課程については,学部体制への整備が不可欠であるとの観点に立ち,終始一貫して[1]
国立大学法人10大学については,スケールメリットを最大限に活かし再編統合の上,獣医学部として整備する必要があること.[2] 公立・私立大学法人6大学については,入学定員に応じた十分な教員数の確保と施設・設備を有する獣医学部単独規模の整備を国の施策として推進すべき旨を要請してしてきたところであるが,未だに再編整備による真の学部体制への教育改善の進展はみられない.
【資料5】
獣医師そして動物医療の質の向上を図る上で,特に実学としての臨床獣医学と応用獣医学両部門の整備・充実は,獣医師に課せられた社会的任務を達成する上で,喫緊の課題といわれてきて久しい.「獣医学教育改善の目標」は,既にできあがっている.国公立大学の大学法人化を受け,いわゆる自助努力と称する単一学内の関係する学問領域の連携による教員枠の融通が手がけられているが,これまで獣医学教育に関係する当事者間で英知を絞り練り上げた「獣医学教育改善の目標」の到達にはほど遠く,自助努力のみでは到底目標の達成を成し得ないことは明らかである.
(2)獣医学系大学の入学定員と教育改善の関係
獣医学系大学の獣医学課程の入学定員枠は,獣医師需給の政策配慮から行われているものであり,前述のとおり,[1] 現下の獣医師の全体需給は逼迫の状況にはないこと.また,[2] 既存16獣医学系大学の獣医学教育の質の改善が喫緊の課題とされる中では,新たな大学の新設をはじめ定員拡充の抑制の政策配慮の堅持が求められる.
一方で対比される医師養成についても前述のとおり,現状の供給で需給均衡が図れるとされ,偏在対策は個別施策により優先対処するが,すでに各県に1医科大学が設置されている中において,個別対策によりなお偏在が解消できない一部地域の医科大学についてのみ入学定員について条件付きの限定解除とされている.一部の医科大学医学部の定員抑制の限定解除が行われることをもって,獣医師養成について入学定員を安易に増加することは,獣医師養成の基盤としての獣医学教育の質の瓦解をもたらすとともに,獣医師需給対策を根底から覆し,動物医療の質の向上に対する社会的要請に応え得ない事態を招来させることとなる.グローバル化の中において,わが国獣医学教育の欧米国際評価基準への整合は夢のまた夢に帰すこととなる.
現在,異分野の私立大学法人においては,専門職業人養成の時流を受け,入学志願者の望める獣医師養成分野に目を向け,大学経営の一環として獣医学部の新設を計画したいとする動きがあるやに聞くが,獣医師養成をビジネスチャンスの場と化してはならないし,このことは,現に獣医学教育を担われている16の獣学系大学関係者自らが先ずは声高く主張して然るべきと考える.産業動物獣医師不足に対応するためとか,一見最もらしい理由が述べられるが,すべての職域で不足を来しているはずもなく,職域によっては過剰という偏在がある中で,安易な数の拡大が獣医学教育改善にとってどのように作用するかは推して知るべしと考える.
(3)獣医学教育改善の今後
ア 大学全入学時代の到来による入学定員割れの懸念からくる大学経営の危機意識により大学再編時代が幕を開けたとも言われる.再編には関係する大学間の利害調整,関係者の意識の結束や教職員の処遇,地元調整等乗り越えるべきハードコアも多いが,一方で法人化により,国立大学間はもとより,国立・公立と私立の垣根は低くなり運営面での連携はとり易くなったともいえる.[1]
獣医学教育課程への入学希望者に多くが望め,[2] 統合による財政運営について外部資金の導入を含め期待でき,[3] 入学総定員枠の抑制下の前提の中で就業の裾野(需要)が安定しているといえる今を置いて再編に向けて検討の再スタートを切る時期はほかにないともいえる.しかしながら関係者からの新たな動きは伝わってきていない.新規経営の参入の動きのみが聞こえてくるが,新規参入は,改善の原資となる投入資源が限られている中で質の改善に向けての競争として作用するのではなく,先ずは現状の教育水準の広く薄くが浸透した後の自然淘汰でしかないし,また,目標とする教育改善にリンクするとは考えられない.
昨年末,獣医師問題議員連盟(会長:谷津義男衆議院議員)総会が開催され,日本獣医師政治連盟(委員長:山根義久)からスケールメリットを活かした獣医学部体制への再編の促進を要請し対応を協議した.席上,文部科学省から教育改善については国立大学の法人化による大学運営の自主性・自律性のメリットを生かし関連分野や大学間の連携の必要性が指摘されるとともに,大学を超えた獣医学科の統合については基本的に賛成であるが,獣医学科がある意味で各大学の象徴的存在とされる中,統合の実現には学内の議論の集約と地域社会の合意形成が前提となるとされた.
イ 教育改善活動は,16大学の当事者をはじめ,全国大学獣医学系大学代表者協議会,日本学術会議,日本獣医師会,そして文部科学省の指導の下で連携して対応してきたが,これまで活動の牽引役として尽力された方々の世代交代が順次みられる.各大学における新たな当事者の方々が,これまでの活動の経過を理解された上で,また,法人化の中での各大学の実情と将来構想がある中で,また一方では,外部からの新規参入の動きを受け,獣医学の教育改善について獣医界全体として活動すべきとし連携・結束して行動できるのか,今後の活動は岐路にたっていると考える.
日本獣医師会は,毎年,新規に輩出される獣医師を含め獣医師の公益活動推進の受け皿としての役割を担うが,獣医学の教育改善については旗振り役・調整役であり得ても,その当事者足り得ない.活動が第チ期に至り,日本獣医師会が関係者に協議・検討の場を提供することでさえも迷惑だとする意見があるという.日本獣医師会の活動と効果の発揮には限界を感じざるを得ない.
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