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論 説

4 さ い ご に
 (1)現在,農林水産省においては,獣医療法に基づく獣医療整備計画制度の指標となる基本指針の見直しを含む動物医療施策推進の基礎資料整備の目的で獣医師の需給に関する検討会を設置し,今後の獣医師需給の見通し等の検討が行われている.
 今後の需給を見通すに当たってのポイントは,動物関連産業の将来動向と新規卒業者の将来就業意向の把握はもちろんであるが,加えて[1] 公的セクター,動物臨床セクター,民間会社や農業団体セクター,試験研究・教育セクター等多様な職域に従事する高度専門職業人としての獣医師の処遇水準をどう捉えるのか.[2] 今後の獣医師に対する行政需要と公的セクター勤務の獣医師の診療独占業務がどのように位置づけられるのか.[3] 動物臨床セクターにおける診療施設の機能分担とネットワーク体制の整備,更に動物医療スタッフとの役割分担をどう見通すのか.これらの位置づけ如何で全体需給はいかようにでもなる.
 獣医師需給は,これら要素の動向を適確に把握した上で推算する必要があるが,前述の通り,多様な職域において獣医師が必要とされ,分布する以上,当然,職域間の過剰と不足は程度の差はあれ常に同居すると捉える必要がある.

  (2)獣医師の需給施策とは,獣医師及び動物医療の質の確保を図ることを前提にマクロの需給を見通し,大学定員の入口規制の手法を確保した上で,職域偏在があれば獣医療整備計画制度の下で緻密な個別の政策的配慮により政策誘導することに他ならない.獣医療整備計画制度が形骸化することなく,職域偏在を是正するための獣医師の職域間の獣医師調整システム(具体的には関係職域間の紹介・受け入れ全国ネットワークと職域調整の実行確保のための受け手サイドにおける処遇対策の整備,獣医学系大学における受け手サイドと連携した特定職域優先入学枠や受け手サイドによる奨学資金給付等の直接誘引の導入)と産業動物診療セクター,小動物診療セクター双方の職域環境の整備(具体的には卒後臨床研修を含む生涯研修運営体制の体系整備,診療施設の機能別拠点整備,動物医療補助専門職資格の制度化)の実現を望みたい.
 また,同時に獣医学教育改善に向けてのこれまでの関係者の努力が第チ期に至り水泡に帰することなく,獣医師養成の基盤としての獣医学教育分野の外部評価システムとして実現し,これが高度専門職業人教育推進の一環として国主導の下で運営され,その評価結果に基づく改善努力が「獣医学教育改善の目標」に即し,真の学部体制への再編・整備として帰結することを期待したい.

  (3)以上は,これまでの獣医学教育改善に向けての関係者の努力と成果の路線を踏襲した上で,課題と当面の対応の方向について考え方を述べた.いうまでもなく獣医学教育の改善が必要となる前提は,獣医師が高度専門職業人として今後とも社会の要請に的確に応える立場にあり続けることにあるが,我々関係者は,それを望み,実現していく立場にあるのであって,評価を下すのは社会にあることも忘れてはならない.そのためにも,少なくとも現状の獣医学教育の質の低下を招くようなシステムの変更は回避しなくてはいけない.法人化による自主性・自律性は,一方で共通認識のベースを脆弱化させ時流に流されるままとの危険性をはらむことを指摘しておきたい.
 なお,教育改善に種々の意見があって良しとするならば,多様な職域においてそれぞれの職責を担う獣医師の養成については,獣医師に対する社会評価の動向を十分見極めた上で,法科大学院や公認会計士大学院と同様の高度専門職業人としての診療獣医師養成コースとして独立させ,一般獣医師養成コースの二段構えとし,臨床分野の専門知識・技能に特化した国家試験と診療獣医師国家資格の付与とした上で,このための,教育研究体制の再編・整備を図り動物医療の質の向上と処遇の確保につなげるとする着地点はあり得るかを関係者の方々に問うてみたい.

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【資料5】

獣医学教育改善に向けた活動の経過

1 第 I 期(教育年限の延長から大学院連合獣医学研究科の設置まで)
(1)昭和45年以降:
(社)日本獣医師会が獣医学教育年限の延長を文部省,農林省等に要請

(2)昭和46年:
日本学術会議が,獣医学教育の修業年限を4年から6年に延長するよう内閣総理大臣に勧告

(3)昭和47年:
農林省が,獣医学教育年限の延長を文部省に要請

(4)昭和51年:
文部省の「獣医学教育の改善に関する調査研究会議」が,獣医学教育改善のため,修士課程積み上げ方式による6年制教育の実施の必要性を文部省大学局長に報告

(5)昭和52年:
獣医師法の一部改正により,53年度入学者から修士課程積み上げによる6年制教育が開始

(6)昭和58年:
学校教育法の一部改正により,59年度入学者から獣医学教育課程の修業年限が6年に整備

(7)昭和58年:
「獣医学教育の改善に関する調査研究会議」が,文部省大学局長に報告
ア 6年制教育に当たっては,学科を独立の学部とすることが望ましい
イ 国立大学については,獣医学科の総定員を変更しないものとして学部移行するとすれば,国立10大学の再編整備が必要

(8)昭和60年:
国公立大学獣医学協議会が,獣医学教育改善に当たっての基本的考え方を取りまとめる
ア 国立大学の再編整備を推進
イ 再編整備は現有の教官数を基本
ウ 学部並み以上の規模とし,大学院の併設

(9)昭和62年:
(社)日本獣医師会が,国公立獣医学系大学の再編整備の促進を文部省等に要請

(10)平成元年:
文部省は,「再編整備は,学内事情等から進展しないが,今後とも地域コンセンサスを待ちながら対応する.」としたが,一方,連合大学院の基幹校の決定を受け,平成2年に岐阜大学及び山口大学に大学院連合獣医学研究科が設置
2 第 II 期
(団体,大学,文部科学省等における獣医学教育改善目標の設定等)
(1)平成9年:
(財)大学基準協会が,「獣医学教育に関する基準」を定め,この中で整備目標を設定
ア 1大学の入学定員は60人を標準,120人を超えない
イ 専任教員数は,学生60人までで72人以上,うち18人は教授
ウ 付属施設として,獣医臨床センターと先端的動物研究センターの整備
エ 自己点検・自己評価体制の整備

(2)平成13年:
獣医学教育のあり方に関する懇談会(座長:黒川 清(日本学術会議副会長))が,関係7団体からなる獣医学教育関係者連絡会議(代表:(社)日本獣医師会会長 五十嵐幸男)からの獣医学教育充実の方向についての諮問に対し答申を取りまとめる
ア 学科を学部規模に充実.講座数(教授数)を国家試験出題科目に対応するよう確保するとともに入学定員に応じた十分な数を有する教員規模に整備
イ 国立大学の獣医学科を3〜4の獣医学部に再編整備

(3)平成13年:
国立大学農学系学部長会議が,「獣医学教育の改善のための基本方針」をとりまとめる
ア 獣医学教育組織の規模は,大学基準協会基準を満たすことが望ましい.72人以上の教員からなることが望ましいが,直ちに実現できない場合は18人以上の教授,54人程度が最低限必要
イ 自助努力で改善できない場合は再編を考える.再編は全国を5〜6地区に分け産業基盤を考慮し,既存の施設を利用

(4)平成13年:
全国大学獣医学関係代表者協議会が,「獣医学教育基準の達成に関する要望書」を獣医学系大学学長に提出
ア 全ての国立大学が再編に参加し,北海道大学,東京大学,九州大学に新しい獣医学部の設置を目指す
イ 私立大学については,建学の精神に沿い学部教育の整備・充実に一層の努力

(5)平成15年:
全国大学獣医学教育代表者会議が,調査結果を取りまとめる
ア 教員の質の改善:代表者会議が教員の教育実績,論文数,社会活動実施状況の報告
イ カリキュラムの改善:[1] 非常勤講師による短期集中講義の解消,見学実習の改善を図り,臨床教育の充実と公衆衛生教育の強化.[2] 教員数の増加による新たな領域の教育充実.[3] 卒業論文を必須科目から選択科目に変更し,5〜6年次の選択制,コース制の導入
ウ 教育システムの改善:[1] 付属家畜病院の充実,産業動物臨床センター(公衆衛生教育センター)の設置,[2] 教員数の増加により,最低でも国家試験関連18科目の教育体制と技術教育(臨床ローテーション実習体制)の確保,25〜28講座,教員数87〜96人を目標

(6)平成16年:
文部科学省の「国立大学における獣医学教育に関する協議会(座長:梶井 功(東京農工大学名誉教授))」が,報告をとりまとめる
ア 関係者の努力と基盤整備:国立大学の獣医学教育の充実のためには,関係者の不断の努力と法人化による経営努力を活用した基盤整備が必要
イ 大学を超えた統合:大学を超えた獣医学科の統合メリットは,有効かつ重要.統合は,大学間の自主的話し合いと地域社会との合意形成が必要
ウ 教育研究体制の充実:教育目標の明確化と目標達成のためのカリキュラムを構成した上でスタッフの配置が必要.教育体制の充実の中心は臨床分野.教員配置の数値目標は掲げないが,国立大学農学系学部長会議が決議した改善策の精神を基本に据え,自主的・自立的に最大限の努力
エ 国の支援:効果的教育サービスが行い得る大学に対する重点支援等,充実へのインセンティブが働くことが必要.複数の大学の有機的連携により幅広く,厚みのある機能強化を図る大学に対する国の支援
オ 評価・検証:大学の改善への取り組みの評価・検証とその結果を踏まえ,更なる検討が行われるべき

(7)平成13年以降:
(社)日本獣医師会が,前記(2)の答申を受け,平成13年度以降毎年度,獣医学教育体制の整備・充実を文部科学省等に要請
ア 国立大学:全国10国立大学の獣医学科を獣医学部体制に再編・整備.再編の推進のため,学部創設に当たっての施設整備費等の助成.
イ 公立私立大学:学生入学定員に応じた教員数と施設・設備を有する学部規模への整備についての十分な助成.

3 第 III 期(獣医学教育改善に向けての外部価格取り組みの検討)

(1)平成13年:
全国大学獣医学関係代表者協議会が,同協議会の横断的評価委員会において,自己点検統一フォーマットによる横断的評価を開始.「獣医学教育の横断的評価調査報告」を取りまとめる

(2)平成14年:
中央教育審議会が,第三者による外部評価システムの導入等を内容とする「大学の質の確保に係る新たなシステムの構築について」を答申

(3)平成14年:
私立獣医科大学協会が,「私立獣医科大学における獣医学教育の相互報告書(平成6年度〜12年度)」を取りまとめる

(4)平成16年:
全国大学獣医学関係代表者協議会が,獣医学専門教育課程のカリキュラムを「代表者協議会標準カリキュラム」として取りまとめる

(5)平成16年:
国立大学法人法が施行され国立大学法人制度が発足.文部科学大臣の示す中期目標の期間における大学の業務実績についての文部科学省国立大学法人評価委員会による評価制度が発足
一方,学校教育法が改正され,大学の教育・研究システムの評価制度が整備
ア 各大学における自己点検・評価の実施(学校教育法第69条の3第1項)
イ 第三者機関による認証評価の実施(学校教育法第69条の3第2項)

(6)平成16〜17年:
(社)日本獣医師会が,同会の学術・教育・研究委員会において,全国獣医学関係代表者協議会等の関係団体等とともに,大学が自己点検・評価を行うに当たり指標となるべき獣医学専門教育課程のカリキュラムを「標準的カリキュラム」として整備

(7)平成17年:
(社)日本獣医師会が,文部科学省,農林水産省,全国獣医学系大学学長に対し,獣医学教育の実質的改善を推進するため,日本獣医師会が定めた「標準的カリキュラム」を改善の進捗状況の自己点検・評価を行うに当たり,達成度の指標とすべき旨を提言

(8)平成17年:
私立獣医科大学協会が,「私立獣医科大学における獣医学教育充実に関する短期改善目標の達成度調査報告書(平成14・15年度)を取りまとめる

(9)平成17年:
(社)日本獣医師会が,獣医学教育の質の評価システムを文部科学省の指導の下で関係機関と共同で立ち上げることが必要との判断の下,平成17年から同会の学術部会学術・教育・研究委員会において「獣医学教育の外部評価のあり方」の検討を開始.18年3月に議論の経過を中間とりまとめ(案)として整理し,全国大学獣医学関係代表者協議会に提示,意見を聴取

(10)平成18年:
国公立大学獣医学協議会が,私立大学と連携して相互評価を行うに当たり,その前段階としての国立各大学の自己評価の対応を検討するための小委員会を立ち上げ


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† 連絡責任者: 大森伸男(日本獣医師会)
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