解説・報告

家畜共済制度の一部改正について


関谷順一(農林水産省経営局保険課課長補佐)

 農業災害補償法(昭和22年法律第185号)の一部を改正する法律が,4月24日に参議院の本会議,さらに,6月12日の衆議院の本会議で全会一致で可決され,6月18日(法律第91号)に公布された.
 今回の法改正は,
《1》 農業者の経営判断に基づく補償の選択の拡大を図るため,農作物共済,果樹共済及び畑作物共済において,引受方式及び補償割合に関する規定の整備を行うこと,家畜共済において乳牛の子牛及び胎児の共済目的への追加等により,意欲と能力のある農業の担い手の育成に資することを基本としつつ,
《2》 最近における農業生産の実態に即した合理的な補償に資するため,家畜共済において,死亡又は廃用事故に対する共済金の支払に一定の限度を設ける
《3》 農業共済団体の運営の合理化に資するため,新たに通常の総会議決で変更可能な共済規程又は保険規程を導入する
  等の措置を講ずるものである.
 制度の改正に当たっては,農業者,農業団体,学識経験者等から幅広い視点での意見を聴取することを目的として,平成13年11月から1年あまりにわたり農業災害補償制度検討会(経営局長の私的検討会)を開催してきたところである.この間,7回の制度検討会のほか,2回の実務者による保険技術的な検討,全国6カ所における現地検討会を開催し,より現場の声を反映した取りまとめが行われるよう,努めてきた.
 また,制度改正事項の決定に至るまでに,農業共済団体等とも十分協議・調整を行い,意見・要望の把握に努めた.
 このたび,改正法案について紹介する機会をいただいたので,家畜共済事業関係に係る事項(乳牛の子牛及び胎児の共済目的への追加等,死亡又は廃用事故に対する共済金の支払限度の設定)について制度化された趣旨及び仕組みの概要を記述する.
 獣医師の皆様方にあっては,改正制度の趣旨をご理解の上,今後とも,農家へのご指導,事業の推進等その対応方よろしくお願いしたい.
 なお,ここに記載した内容は,現段階で検討中(告示等に規定する事項)のものを含んでおり,今後,平成16年4月1日からの施行に向けて,所要の改正手続を行い,制度の円滑な運用に努めていくこととしている.詳細については,最寄りの農業共済団体等に照会していただければ幸いである.

I.乳牛の子牛及び胎児の共済目的への追加等
1. 制度化された趣旨
   現行の家畜共済では,牛については,成牛のほか,肉牛の子牛及び胎児(以下「子牛等」という.)も共済目的とすることができることとされている.これは,肉牛の繁殖農家にとって,取引価格が比較的高い肉牛の子牛の死亡は,当該経営に大きな打撃を与えることとなるため,当該農家の共済ニーズに応えることとしたものである.これに対し,乳牛の子牛等については,乳牛の子牛は酪農経営にとって副産物になるものが多く,必ずしも共済に付するに値する被保険利益があったわけではないことから,これまでは,共済目的として認められてこなかった.
 しかしながら,近年の酪農経営においては,
《1》 肉質の向上を図る等の観点から,F1(交雑種)やET(受精卵移植)技術が普及定着し,高い経済的価値を有する乳牛の子牛が増加してきていること
《2》 BSEの発生に伴い,酪農家における後継牛の確保が重要になってきていると考えられること
  から,乳牛の子牛等に対する共済ニーズが高まっているため,これらについても家畜共済の共済目的に追加することとしたものである.
2. 仕組みの概要
(1) 子牛等の共済目的への追加
ア. 子牛等を共済目的とするときは,組合等が共済規程等で定めることとする.この場合,当該共済規程等で定める子牛等は,乳・肉の品種の区別は行わず,すべての子牛等とする(法第84条第2項,図1「共済目的(牛)の概念図」参照).
(考え方,注釈等を枠内に示す.以下同様)
 
 組合等が定款等で規定すべきとされている事項のうち,共済掛金その他の事項については,新たに設ける共済規程等で決定できるものとされた.共済規程等に定める子牛等には,品種(乳用種,肉用種等)の区別はしない(乳用種の子牛等のみ,あるいは,肉用種の子牛等のみを当該組合等の共済目的とすることは認めない.).
イ. 子牛等を共済目的としている組合等の組合員等にあっては,包括共済対象家畜の種類ごと(乳牛の雌等,肉用牛等)及び共済掛金期間(1年間)ごとに,子牛等を共済目的としない旨の申出を行い,当該申出に係る子牛等を共済目的としないことができることとする.(法第111条の9)
 なお,当該申出は,農林水産省令で,当該共済掛金期間の開始する2週間前までに行うこととする旨も規定.
 
 乳牛の子牛等については,農家が必要に応じて共済に付すことができる仕組みとする.また,肉牛の子牛等は,従来,組合等ごとに共済目的とするかどうかの選択が行われていたが,経営実態に応じた補償の選択の機会を拡大させる観点から,今回,乳牛の子牛等とあわせて,共済目的とするかどうかの選択を農家ごとに認めることとする.
 子牛等を共済目的としない旨の申出は,一の包括共済対象家畜に属するすべての子牛等を対象として行わなければならず,乳牛又は肉牛の子牛等のみに限って行うことはできないこととする.
 ただし,当該申出は,包括共済対象家畜の種類(乳牛の雌等,肉用牛等)ごとに行うので,乳肉複合経営農家が,乳牛の雌等の包括共済関係において子牛等を共済目的とするが,肉用牛等の包括共済関係においては子牛等を共済目的としないということは認められる.
(2) 新たな包括共済対象家畜
 乳牛の子牛等が共済目的に追加されたことに伴い,包括共済対象家畜の種類は,次のように変更される.
ア. 現行の「乳牛の雌」は,「乳牛の雌等」に改められ,乳牛の雌及び農林水産省令で定める乳牛の子牛等から成るものとする(法第111条第1項,図2「包括共済対象家畜(牛)の概念図」参照).
  農林水産省令で定める乳牛の子牛等は,次の内容を規定(規則では,子牛等を共済目的とする包括共済関係が存している場合を列挙して,当該包括共済関係において子牛等を共済目的としているか,いないかにより,乳牛の子牛等の内容を示している.別紙「農業災害補償法施行規則第29条の内容等について」参照).
・乳牛の胎児
・乳牛の雌以外の乳牛の子牛(乳雄,F1,肉ET)であって,当該農家が出生後引き続き飼養しているもの
 従来は,乳牛の子牛等にあっては,共済目的としていなかったことから,出生後第5月の月の末日を経過した牛から共済目的とされていたので,それを「乳牛の雌」として設定していたが,今回,乳牛の子牛等が追加されたことに伴い,「乳牛の雌等」とした(肉牛にあっては,昭和60年度に制度化されたが,肉牛の子牛等が追加されたことに伴い,「肉用牛等」をされた.また,これにより,肉用に供する牛である乳牛の雌以外の乳牛の子牛についても,最長で,出生後第5月の月の末日までは,乳牛の雌等の包括共済関係に属することとなる.このような取扱いとするのは,乳牛の子牛のうち乳牛の雌,交雑種又は受精卵移植により乳用種の子牛については,一般に,酪農家は肉用牛として早期に出荷してしまうため,酪農家の下で飼養される期間はきわめて短く,このような牛を家畜共済に付すことを望む酪農家に対しても「乳牛の雌等」とは別に「肉用牛等」の包括共済関係を結ばせることとすることは,煩雑な手続きを招く等合理性を欠くこととなるためである.
 酪農家が,仮に,乳雄子牛を導入しても,これは自ら飼養する母牛から生まれた子牛ではないため,農林水産省令で定める乳牛の子牛等には含まれない.当該乳雄子牛を引き受ける場合は,肉用牛等の共済関係を結び,当該共済関係に係る引受けとなる.
 同一の農家に乳牛の雌等及び肉用牛等に係る包括共済関係であって子牛等を共済目的とするものが存する場合において,乳牛の雌以外の乳牛の子牛が,農林水産省令で定める乳牛の子牛等でなくなったときには,その時点で当該子牛は,当該農家の肉用牛等の共済関係に付されることとなる.この場合,当該子牛は待期間の通用を免れることとする.

イ. 「肉用牛等」は,乳牛の雌等及び種雄牛以外の牛ならびに乳牛以外の牛の胎児から成るものとする.
(3) 共済目的の種類
 乳牛の子牛等を共済目的に追加する一方,子牛等を共済目的とするかしないかについて,農家による選択を認めることとしたことに伴い,適正な共済掛金率の算出や合理的な危険段階別共済掛金率の設定に資するよう,種雄牛以外の牛に係る共済目的の種類については,つぎのように改める(図3「乳牛の雌等及び肉用牛等に係る共済目的の種類について」参照).
(乳牛の雌等:包括共済対象家畜の種類)
a. 乳用成牛
乳牛の雌で出生後第5月の月の末日を経過したもの.
b. 成乳牛
乳牛の雌で出生後第13月の月の末日を経過したもの.
c. 育成乳牛
乳牛の雌で出生後第5月の月の末日を経過し,第13月の月の末日を経過しないもの.
d. 乳用子牛等
乳牛の雌で出生後第5月の月の末日を経過しないもの及び農林水産省令で定める乳牛の子牛等.

 a〜cの適用については,農家の飼養するbとcの比率が,農家間でおおむね等しい等の実態にある地域についてはaの共済目的の種類を,その他の地域についてはb及びcの共済目的の種類を適用する予定である.


(肉用牛等:包括共済対象家畜の種類)
a. 肥育用成牛
乳牛の雌等及び種雄牛以外の牛で肥育を目的として飼養されているもののうち出生後第5月の月の末日を経過したもの.
b. 肥育用子牛
乳牛の雌及び種雄牛以外の牛で肥育を目的として飼養されているもののうち出生後第5月の月の末日を経過しないもの.
c. その他の肉用成牛
乳牛の雌等及び種雄牛以外の牛で肥育以外の目的で飼養されているもののうち出生後第5月の月の末日を経過したもの.
d. その他の肉用子牛等
乳牛の雌等及び種雄牛以外の牛で肥育以外の目的で飼養されているもののうち出生後第5月の月の末日を経過しないものならびに乳牛以外の牛の胎児.
(4) 牛の胎児価額の設定方法
 牛の胎児価額の設定方法については,農林水産省令で定めるところにより組合等が定めることとするが,具体的には,農林水産省令により,一定期間における牛の価格を基礎として農林水産大臣が定める方法によって算定される牛の出生に日における価額に相当する金額とする旨を定める見込みである(乳・肉牛の胎児同様).
ア. 肉牛の胎児価額は,現行の「母牛価額×2割」の方式を改めることとし,基本的には,家畜市場における乳用種の初生牛の平均価格相当額を基礎として定めることとし,当該平均価格相当額は,F1を含む肉用牛の市場価格から,肉牛の初生牛価格を推計する計算方法を規定する見込みである(図4「新たな肉牛の胎児価額の設定方法のイメージ」参照).

 現在,共済目的の対象となっている肉牛の胎児価額は,その母牛の価額を基礎にその2割という形で決められているが,通常,母牛の価額は加齢に伴い,年々減額されていくものであることから,胎児価額も減額されていくこととなっている.同品種のものであれば,胎児自体の価値には差がないにもかかわらず,母牛の年齢によって胎児価額が左右される点について,算定方法の改善を行うこととしたものである.

イ. 乳牛の胎児の場合,品種により価値が異なるので,基本的には,農家から胎児の品種の申告がない場合又は乳用種である旨の申告を受けた場合は,家畜市場における乳用種の初生牛の平均価格を基礎として定めることとする.
ウ. 期首における共済価額には,授精等の後240日に達する可能性のある胎児の価額を計上することとなっているので,胎児については,母牛の出生・妊娠月齢及び共済掛金期間の残余期間により,2頭分の胎児価額を計上する場合がある.