IV.日本獣医師会における今後の野生動物対策の検討の方向について
   近年の自然環境,動物愛護等に対する国民の関心の高まりを受けて,国においては,平成14年に鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律(いわゆる鳥獣保護法,新法の名称は「鳥獣の保護及狩猟の適正化に関する法律」)を改正する等,積極的な野生動物関係施策が講じられている.
 一方,本委員会においては,「野生動物対策は,地球環境の保全につながるという意味において今後益々その重要性を増してくると考えられること」及び「獣医師は,動物医療の専門家として,野生動物の発するシグナルを敏感に察知し,対応する必要があること」を前提として,具体的には,《1》野生動物救護,《2》移入種の取り扱い及び《3》希少種の保護における獣医師及び獣医師会の役割について検討を行ってきた.
 これまでの検討結果を踏まえ,今後,本委員会においては,特に獣医師と強く関連する事項である《1》野生動物救護及び《2》移入種としての飼育動物対策について,さらに具体的な検討を行い,これらに関する基本的な考え方を地方獣医師会,構成獣医師に示すとともに,《3》希少種の保護をはじめとする野生動物保護管理における獣医師,獣医師会の役割についても論議を深める必要がある.
1. 野生動物救護について
(1) 野生動物救護については,平成13年1月に告示された「第9次鳥獣保護事業計画の基準」及び「鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律」の成立を受けて平成14年12月に公布された「鳥獣の保護を図るための事業を実施するための基本的な指針」において,《1》行政,獣医師団体及び自然保護団体等との連携の必要性,《2》野生復帰が不可能と診断された救護動物,野生復帰させることが被害等の原因となる救護動物についてのガイドラインの作成等について方向性が示されている.
 一方,本委員会での検討においては,野生動物救護の円滑な推進を図るための方策として,以下の事項が指摘された.
ア. 国における野生動物に関する総合的な調査研究を業務とする施設の設置
イ. 自治体における野生動物救護,死因の究明等を業務とする施設(鳥獣保護センター等)の設置・充実及び当該施設への獣医師の定着的配置
ウ. 上記アの施設を中心とした行政機関,獣医師,獣医師団体及び自然保護団体が連携した野生動物救護システムの事業化(特に,油汚染事故等の災害における緊急対応システムの構築)
エ. 獣医系大学における野生動物に関する教育体制の充実
オ. 野生動物救護に関わる獣医師への情報の提供,研修会の開催
カ. 「救護動物の取り扱いに関するガイドライン(野生復帰が不可能な動物及び有害動物等の取り扱いを含む)」の作成
(2) 今後,本委員会においては,上記の事項についてより具体的に検討すべきであるが,特に各地域で策定される予定である「救護動物の取り扱いに関するガイドライン」の中にその基本的考え方を示す必要がある.この基本的考え方には,以下の内容を含むべきであると考える.
ア. 動物の受け入れ体制について
一次診療の体制
行政機関と民間団体(獣医師会を含む)の役割分担
人材の育成(大学教育の充実,リハビリテータの資格化等を含む)
受け入れのための施設
イ. 診療について
治療方法,薬物の選択
人と動物の共通感染症対策
ウ. 治療後の措置について
野生復帰のための訓練
野生復帰が不可能な動物の取り扱い
移入種(野生化した飼育動物を含む)の取り扱い
野生復帰させることが被害等の原因となる恐れのある動物の取り扱い
2. 移入種対策について
(1) 移入種対策については,平成14年8月,環境省野生生物保護対策検討会移入種問題分科会が策定した「移入種(外来種)への対応方針について」において,総合的な方針が示されているが,その緒言においては,「本対応方針は移入種(外来種)問題への取り組みの方向性を示した第一段階のものであり,今後,取り組みの具体化に向け,さらに検討を深める必要がある.」として,具体的な方策に関する今後の検討の必要性が指摘されている.
 移入種対策においては,「野生動物保護」と「動物愛護」の概念が対立しがちであるが,本委員会での検討においては,社会から動物の専門家として認識されている獣医師がその調整役として最も適任であるとの意見が出された.
 日本獣医師会が平成15年2月に開催した一般公開シンポジウム「ペットの野生化防止と絶滅危惧種の保護,移入動物問題を考える」においては,野生動物,動物愛護の両分野から関係者が出席して意見交換が行われた結果,「野生動物と移入種としての飼育動物の両者を救う方向で施策が講じられるべきである」とする意見が大勢を占めた.
 また,本委員会での検討においては,移入種に関する対策として以下の事項が指摘された.
ア. 飼育を目的として輸入される動物に対する移入種対策の観点からの規制の強化
イ. 飼育者及び飼育動物販売業者への移入種問題に関する啓発(不妊手術による繁殖制及びワクチン接種等飼育動物の適正飼養ならびに野生動物の一般家庭での飼育に関する事項を含む)
ウ. 飼育動物のマイクロチップによる個体識別の普及
(2) 今後,委員会においては,野生動物を含め,飼育動物についての動物医療を提供する獣医師の立場から,上記の項目を中心に具体的な移入種対策の検討を進める必要がある.
3. 希少種の保護等について
   希少種の保護をはじめとする野生動物保護管理についても,獣医師は動物医療の専門家としてその一翼を担うことが期待されており,このような状況の中で,九州地区獣医師会連合会におけるヤマネコ保護支援活動等,一部の獣医師会では独自の取り組みがなされているところである.
 また,野生動物救護,移入種対策は,希少種の保護をはじめとする野生動物保護管理に密接に関連する活動であり,多くの獣医師会において,行政と協力して事業が実施されている.
 本委員会においても,これらに関連する施策における獣医師及び獣医師会の役割については,総合的な野生動物対策の中で,さまざまな角度から検討していく必要がある.



野生動物対策委員会委員
  大山通夫(埼玉県獣医師会会員)
  小松泰史(東京都獣医師会理事)
  杉谷篤志(福岡県獣医師会副会長)
  高島一昭(鳥取県獣医師会会員)
中山和也(前神奈川県獣医師会会長)
羽山伸一(日本獣医畜産大学獣医学部助教授)
  森田 斌(野生動物救護獣医師協会副会長)
  森田正治(北海道獣医師会会員)
 
【◎:委員長,○:副委員長】