日本における狂犬病の防疫


(狂犬病予防法施行50周年記念式典配布資料)
厚生省生活衛生局乳肉衛生課・(社)日本獣医師会

はじめに
 昭和31年まで犬および人の狂犬病が発生していた日本においてその撲滅に成功しまた,今なお多くの国で狂犬病が発生している現在,わが国が世界の中でも数少ない清浄国を誇っているのは,人における被害防止という公衆衛生上の観点からの狂犬病予防法に基づく防疫措置が的確に講じられてきたことによるものです.

なぜ狂犬病は恐れられるのか
  1. 狂犬病は,ほとんどの哺乳動物が感染する致死性の人獣共通感染症で,本病の感染は,感染動物の唾液中に含まれる向神経性のウイルスが咬傷部位 から侵入することによって成立します(注:まれに経気道感染例,角膜移植による感染例も報告されております).
  2. 狂犬病ウイルスが人に感染してから発病するまでの潜伏期間は,咬傷部位 等によって10日から1年以上と大きな開きがあり,これが狂犬病の一つの特徴とされております.
  3. 人が発症すると,唾液や水等の嚥下困難によるいわゆる「恐水病」の発作に襲われ,また聴覚が過敏となって水の音を聞いただけで発作を起こすようになり,発症してから通 常3日〜3週間で死の経過をたどります.
  4. 発作時は,強い不安感に襲われ,激しい喉の渇きがあるにもかかわらず嚥下筋の痙攣が起こることから飲水を拒否するばかりでなく,声帯麻痺等により,犬の吠え声のような奇声を発するようになりますが,それ以外のときは意識清明で,それだけに患者が肉体的,精神的苦痛を被るのは無論のこと,介護する家族等も相当の精神的負担を強いられることになります.
  5. 最後は,全身痙攣等が現れ昏睡状態に陥り,呼吸不全となって死亡しますが,このような誠に悲惨な症状を呈してほぼ100%死に至ることから狂犬病が恐れられているのです.

日本における狂犬病の防疫対策

  1. 一般的に,狂犬病の防疫は,輸入検疫や輸入禁止措置による「侵入防止」および国内におけるワクチン接種による「発生予防」と狂犬病発生時の感染動物の淘汰等による「まん延防止」が原則とされております.
  2. わが国における狂犬病防疫は,「侵入防止対策」として,
    (1)海外から輸入される犬(注:平成12年1月から猫,キツネ,アライグマおよびスカンクを検疫対象動物に追加)については,狂犬病を人に感染させる恐れが高い動物として検疫対象動物に指定されており,加えて
    (2)狂犬病発生地域から輸入される検疫対象動物については,最短14日間から最長180日間の動物検疫所内におけるけい留検査等が実施され,水際で狂犬病の厳格な侵入防止が図られております.
  3. 平常時における「発生予防対策」としては,
    (1)飼い犬についての終生1回の登録と,
    (2)狂犬病予防ワクチンの毎年1回の接種(注:いずれも飼い主の義務とされております),および[3]未登録犬・未注射犬の捕獲・抑留を三本柱とした対策が講じられております.
  4. また万一,国内で狂犬病が発生した場合の「まん延防止対策」は,狂犬病に感染した恐れのある動物等の隔離,犬・猫等の一斉検診と臨時の予防注射,犬・猫等の移動制限等の措置が講じられることになります.
  5. 以上のとおり,日本の狂犬病予防体制は,侵入防止対策と発生予防対策が技術的にバランスよく講じられ,これによりわが国は世界でも数少ない清浄国の地位 を維持しているといえますが,発生予防対策のうち,狂犬病予防注射を実施する意義は,次に述べるとおりです.