狂犬病予防注射を実施する意義

  1. 狂犬病は,今なお世界の多くの地域で発生しており,世界保健機構(WHO)および国際獣疫事務局(OIE)が,現在,狂犬病清浄国として認めている国は,日本を含め,ノルウェー,スウェーデン,アイスランド,英国(グレート・ブリテンおよび北アイルランド),アイルランド,ポルトガル,シンガポール,豪州,ニュージーランド等10数カ国にすぎません.
  2. 狂犬病の予防は,本病伝播の上で重要な動物にワクチンを接種することにより免疫を付与し,感染を防止してその伝播経路を断ち切る方法が最も有効とされ,この方法が最も一般 的に採用されております.
  3. 人と接触する機会の多い犬や猫等の動物は,ワクチン接種の対象動物として重要視されておりますが,特に感染の主流を占める犬については,ほとんどの国でワクチン接種の対象動物とされております.WHOの狂犬病予防に関する勧告においても,犬での流行を抑えることが狂犬病予防の基本とされ,またWHOは,伝染性疾病のまん延を防止するためには,感受性動物における免疫保有率を70%以上に保つ必要があるとしております.
  4. 一方,近年における国際化の進展に伴い,人の交流が盛んになっているのみならず,諸外国からさまざまな動物が輸入され,その流通 も盛んになっている今日,海外からの狂犬病の侵入防止について万全の体制で臨んでいても,常に狂犬病がわが国に侵入する危険性があることは,次の理由により否定できません. [1]狂犬病は,今なお世界のほとんどの国・地域で発生しており,人における年間の発生事例の数は,WHOの統計によると33,221例(1997年)にものぼること. [2]我が国への犬の輸入頭数は,年間約14,000頭(農林水産省畜産局・平成10年家畜衛生統計)であるが,それら輸入犬の大部分は,狂犬病が発生している地域から輸入されていること. [3]厳しい検疫体制をしいている清浄国においてさえ狂犬病が侵入した事例があること. 注:日本のように海で囲まれていて地勢的な条件に恵まれ,厳しい検疫体制をとっている英国で狂犬病に感染した犬が密輸入されたことにより狂犬病が発生した事例があり,また,フィンランドにおいては,狂犬病に感染したキツネが流氷に乗ってフィンランド沿岸に到達し,本病が同国内に侵入した事例等が報告されております. さらには平成12年3月,わが国において牛等の偶蹄類動物の悪性伝染病である口蹄疫が92年ぶりに発生した事例もあります.なおこの発生原因は,疫学的に輸入麦ワラが疑われているものの,明らかになっておりません. [4]狂犬病の潜伏期間(犬の場合)は,通常21〜180日,まれに1年以上と長い例があることを考慮し,仮定として,動物検疫所におけるけい留検査を長期間実施することにした場合,輸入者の経済的負担が大きくなるばかりでなく,犬や猫等の動物が家族の一員として位 置付けられている今日,動物愛護のうえからも問題があり,実態上不可能であること. [5]一方,狂犬病発生地域からの感受性動物の輸入を全面的に禁止する措置も考えられるが,このような措置は現実的ではないこと.
  5. また,犬による咬傷事故(届出のあった件数)は,年間約6,300件(平成11年度総理府統計)発生しておりますが,国内犬に予防注射が義務づけられていることにより,咬傷事故が発生した場合,「狂犬病に感染したのではないか」という被害者の不安,恐怖を大幅に軽減することができると言えましょう.
  6. 上記のことから,狂犬病清浄国である日本において狂犬病が発生した場合,本病の国内におけるまん延を食い止め,その被害を最小限にとどめるためには,毎年,狂犬病予防注射を実施し,国内犬の免疫保有率を常時高めておくことが必要なのです.

おわりに

 以上のとおり,世界の多くの国で今なお発生しており,致死率もほぼ100%という重要な人獣共通 感染症である狂犬病の我が国への侵入という不測の事態に備えるため,わが国では本病の国内における「発生予防対策」として,国内犬に対する終生1回の登録と狂犬病予防注射が飼い主に義務付けられているのです.