5.世界における狂犬病発生状況

 日本では,地理的条件が幸いして,また国民が狂犬病撲滅に協力的であったため,狂犬病を根絶できたが,世界の大部分の地域では今なお狂犬病が発生している.

 一口に狂犬病常在地といっても,地域により狂犬病発生状況に大きな差がある.ヨーロッパ諸国(北地域)ではイヌやネコに対する狂犬病対策の実施によってイヌやヒトの狂犬病は発生がなく,森林地帯のキツネなどの野生動物にみられるだけである(森林型流行).キツネの狂犬病発生地域も,狂犬病生ワクチンを餌に入れて空中から散布してキツネを免疫する作戦を展開しているため,かなり狭められている.北米(北地域)でもイヌやネコへの狂犬病ワクチン接種により,森林や草原に住むキツネ,オオカミ,スカンク,アライグマ,コウモリなどの野生動物に狂犬病発生がみられるにすぎず(森林型流行),イヌに咬まれて狂犬病を発病する症例は輸入例を除いてほとんどみられない.米国内では1990年から1998年末までに狂犬病患者が27例報告されているが,そのうち20例ではコウモリ関連狂犬病ウイルス変異株が原因となっている.

 しかし,アジア,アフリカおよび中南米(南地域)では依然として動物による咬傷が原因でヒト狂犬病例が多数発生している.全世界のヒト狂犬病例の99%は南地域で発生している.南地域では,主に都市部のイヌの間で狂犬病ウイルスが伝播されており,ヒトやネコは狂犬病のイヌに咬まれて狂犬病を発病している(都市型流行).アジア地域で,狂犬病ウイルスを感染させる加害動物の95%はイヌである.アフリカではイヌのほかにジャッカルやマングースが狂犬病伝播動物として重要である.中南米でも北米と同じく食果コウモリや食虫コウモリが狂犬病ウイルスを保有している.しかし,狂犬病伝播動物としては吸血コウモリの方が重要である.

 一方,動物の狂犬病発生件数では,北地域が45%を占め,南地域が55%を占めており,大差はないように思われる.しかし,動物を野生動物と家畜とに分けると明らかな差がみられる.すなわち,野生動物の狂犬病は北地域が98%を占め,南地域はわずか2%であった.これに対して,家畜の狂犬病は北地域では12%が発生したにすぎず,残る88%は南地域で発生しており,その大半はイヌの狂犬病である.また南米では吸血コウモリに咬まれてウシやウマが狂犬病になるため牧畜産業に大きな被害が出ている.