加齢もしくは高齢説

 卵巣嚢腫の発生は加齢に伴い増加する傾向にあることが報告されている[3, 16].米国でのある報告によると,乳牛の卵巣嚢種の発生率は1歳年をとるごとに1.6%上昇すると述べられている[16].高齢の反芻家畜における嚢腫の発生機構についての報告は非常に少ない.著者ら[34]は高齢のシバヤギで6日ごとに発情を示す卵胞嚢腫の1症例において,発情時には正常な大きさの黄体形成ホルモン(LH)のサージが生じているにもかかわらず排卵も黄体化もみられないことから,卵胞自身のLHサージに対する感受性が減少していることが本症例の嚢腫発生機構であることを報告した(図1).一方,高齢動物における嚢腫化の機構として,視床下部機能,特にエストロジェンに対する感受性について検討した報告は反芻家畜ではみ当たらないが,高齢のマウスでLHサージが起こらず,その結果 多嚢胞性卵巣になったものではエストロジェンに対する感受性の低下および視床下部内のエストロジェンレセプターの減少が報告されている[43].

 
図1 6日間隔で発情を示す卵胞嚢腫山羊の発情行動の発現(―),血漿中LH(●),エストラジオールh17β ( □ ),プロジェステロン濃度(▲)および卵胞の直径の変化

季節の影響説

卵巣嚢腫の発生率は冬期に高くなるという報告と[16, 17],逆に季節による変動はみられないとする報告がある[3].卵巣嚢種が冬期に多発することに関連して,飼料中の微量 成分の季節的な変動がその一因と推察される.その一例として,Inabaら[25]はサイレージの給与を主とする牛群において初夏にのみ青草を給与した場合,血中のβhカロチン濃度は初夏には増加するが,青草を給与しない冬期にはその濃度は低下することを示している.さらに稲ワラおよび濃厚飼料のみを給与する牛群では卵巣嚢腫の発生率は42%で,嚢腫牛の血中βhカロチン濃度は非嚢腫牛のそれに比較して有意に低いことを報告している.これらの結果 はβhカロチン欠乏は冬期における卵巣嚢腫多発の一因となっている可能性を示している.さらに,βhカロチンはビタミンAを介して卵胞の顆粒層細胞に働きそのプロジェステロンの分泌を促進する可能性が報告されていることから[26],βhカロチン欠乏による嚢腫発生の機構については排卵直前にみられるプロジェステロンの増加が抑制され,排卵が阻止される機構が推察される.

高 栄 養 説

卵巣嚢腫は高蛋白質含有の飼料給与で多発することが1957年に報告されている[15].しかし,近年高蛋白質飼料は卵胞の発育,排卵および受精には影響を及ぼさないことが示唆されており[6, 21],高蛋白質飼料の給与が嚢腫発生の直接的原因となるという仮設については疑問な点も多い.

エストロジェンもしくはエストロジェン様物質説


飼料中にエストロジェン様物質が多量に含まれる場合,その摂取によって卵巣嚢腫の発生することが海外の緬羊[20, 45]および牛[2, 5]で報告されている.エストロジェン様物質はアルファルファ(クメストロールなど),レッドクローバおよびサブテラニアンクローバ(フォルモノネチンなど)などの豆科植物に含まれることが知られており,エストロジェン様物質の含量 はアブラムシなどの昆虫の侵襲や真菌類病原体による葉の疾病時,あるいは開花前の発育期には増加すると報告されている[1].またエストロジェン様物質は乾草やサイレージについたカビなどに多量 に存在する場合がある[1].エストロジェン様物質の摂取による嚢腫発生機構については,サブテラニアンクローバを摂取して不妊になった緬羊ではエストロジェン投与によってLHサージを惹起できないが,性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)投与ではLHサージが生じることから,エストロジェン様物質によって視床下部のエストロジェン感受性が損なわれていることが示唆されている[20]. 一方,何らかの原因で牛が卵胞嚢腫になり,卵巣に黄体が形成されず,卵胞の嚢腫化と退縮が繰り返されることでエストロジェン優位 の状態が維持され[24],その結果視床下部のエストロジェン感受性が低下して嚢腫の状態が慢性化する機構も想定できる.これに関連して,著者ら[35]はGnRHアナログの治療によって卵巣に黄体がいったん生じるもその後の正常な卵巣活動が回復せず卵胞嚢腫が再発した乳牛の1症例において,再発から約40日後にエストロジェンの負荷試験を実施したところ,正常牛ではエストロジェン負荷後24時間目にLHサージがみられるが,嚢腫牛ではLHサージは消失していることをみいだした(図2).GnRHアナログ投与により本嚢腫牛の卵巣に黄体化がみられたことから,下垂体機能はほぼ正常と推察され,したがって視床下部のエストロジェンに対する感受性が低下していたと考えられる.これに関連して著者ら[30, 36]は卵胞嚢腫牛にGnRHアナログのパルス状投与を実施したところ正常な大きさのLHサージを誘起できること,ならびに卵胞嚢腫牛の下垂体内のGnRHレセプター量 に異常はみられないことを報告しており,卵胞嚢腫牛の下垂体はほぼ正常に機能していることを示唆している.嚢腫が再発した本症例における視床下部エストロジェン感受性の低下の原因としては,(1)嚢腫を誘発した何らかの原因が嚢腫初発時からエストロジェン負荷時まで継続的に存在し視床下部機能を抑制した可能性,(2)嚢腫化したことでエストロジェン優位 の状態が長期にわたって継続し,その結果視床下部のエストロジェン感受性が低下した可能性などが推察される.


図2 卵胞{腫牛(●,n=1)および正常牛( □,n=3)の血漿中プロジェステロン,エストラジオールh17βおよびLH濃度の変化
E2:エストラジオールh17β投与
PGF2α:プロスタグランジンF2α投与
正常牛のデータは平均値±標準誤差で表示  
★:正常牛の−18h(PGF2α投与直前)と比較してP<0.01で有意差あり  
*:正常牛の0h(E2投与直前)と比較してP<0.01で有意差あり **:正常牛の0h(E2投与直前)と比較してP<0.05で有意差あり


分娩後早期の要因説


牛の卵巣嚢腫は分娩後の早期(分娩後16〜45日)に多発することが報告されている[18].Cookら[13, 14]は非妊娠牛に,妊娠末期の血中濃度に匹敵する量のエストラジオールh17βとプロジェステロンを7日間投与したところ,その終了時から約1カ月後に半数の牛に卵胞嚢腫が発生することを報告し,その嚢腫発生過程ではLHサージは消失しており,さらに卵胞発育時のLHパルスの頻度と振幅は,正常に排卵した牛に比較して,高くなっていることを示した.これらの結果 から,分娩後早期に発生する卵巣嚢腫牛の一部のものは妊娠末期の高濃度の性ステロイドホルモンに起因している可能性があり,その場合LHの基底値の上昇によりLHサージが消失して嚢腫化する機構が推察される.しかし,LHの基底値の上昇がLHサージを消失させるか否かについては不明であり,今後の検討を要する. 卵巣嚢腫牛のうち子宮の感染症を併発しているものがみられることは古くから指摘されていたが,その因果 関係についてはしばらく明らかにされていなかった.Bosuら[8]は分娩後早期にグラム陰性菌(主として大腸菌)による子宮感染症の牛において,血中コルチゾールおよびPGFM(プロスタグランジンの代謝産物)の増加が起こり,その後卵胞嚢腫が発生し,この嚢腫の発生前にはLHサージはみられないことを報告した.さらに彼らは正常な卵胞期の牛の子宮内に大腸菌エンドトキシンを注入すると卵胞嚢腫を誘起できること,ならびにその発生過程においてコルチゾールの増加に続くLHサージは消失したことを確認した[44].これらの結果 は子宮内微生物由来のエンドトキシンもしくはその媒介物質(PGなど)が副腎を刺激してコルチゾールの分泌を増加させ,その結果 LHサージが消失したことを示唆している.さらに緬羊にエンドトキシンを全身性に投与すると視床下部からの副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)とアルギニンバソプレッシンの放出が増加し,これに時間的に呼応してGnRHとLH放出の減少が観察されたことから,エンドトキシンは中枢のストレス軸を活性化して,視床下部内でGnRH放出を抑制する機構が想定される[4].