大阪府立大学大学院農学生命科学研究科 (〒599-8531 堺市学園町1-1) |
Mechanism of Ovarian Cyst Formation in Ruminants
Noritoshi KAWATE
Department of Animal Reproduction, Graduate School of Agriculture and Biological Sciences,
Osaka Prefecture University, 1-1 Gakuencho, Sakai 599-8531, Japan
牛の卵巣嚢腫は分娩後の空胎期間を延長させるのみならず,高率に発生するため畜産経営に重大な被害を及ぼす繁殖障害の一つとして知られている[23].Garm[22]の総説によると牛の卵巣嚢腫が初めて報告されたのは1831年とされており,非常に古くから報告されているが,その発生原因と機構についてはいまだ不明な点が多い.現在までに本疾病発生の素因もしくは原因として想定されている説には遺伝的素因,高泌乳,加齢もしくは高齢,季節の影響,高栄養,エストロジェンもしくはエストロジェン様物質,分娩後早期の要因,ストレスなどがある.それらの原因によって視床下部―下垂体―卵巣系における排卵惹起の機能に異常をきたした結果
,排卵が抑制され,卵胞は異常に拡張して嚢腫が発生すると考えられる.本稿では牛を主体とした反芻家畜の卵巣嚢腫の発生機構をその原因別 に解説することを試みた.卵巣嚢腫の発生状況
卵巣嚢腫の分類と鑑別診断卵巣嚢腫は嚢腫壁の黄体化の有無によりそれぞれ,黄体嚢腫と卵胞嚢腫に分類される[37].前述したように黄体嚢腫の発生率は卵胞嚢腫のそれに比較して低いと一般 に報告されている.両者の鑑別で最も信頼できる方法は血中あるいは乳汁中のプロジェステロン濃度を測定し,嚢腫壁に機能的黄体組織が存在するか否かを調べることである[7, 19].しかし,ホルモン測定は迅速かつ容易な診断法ではないため,臨床現場では直腸検査によって両者を鑑別 することが多い.熟練した獣医師の直腸検査による両者の鑑別の正確さについて検討した報告によると,卵胞嚢腫と黄体嚢腫の的中率はそれぞれ40〜84%および46〜68%とされており[7, 19],直腸検査による触診は必ずしも正確ではない.また超音波断層装置を用いて卵胞および黄体嚢腫の鑑別 の正確さを調べた報告ではそれぞれ78%および90%とされており[19],直腸壁からの触診よりは正確であるが,それでも誤診も含まれる可能性を示唆している.したがって,以下の本文においては,血中プロジェステロン濃度から両者の鑑別 が確実につくものにかぎりどちらかの名称を使用するが,区別がつかない場合は両者をまとめて卵巣嚢腫と記述する.遺伝的素因説卵巣嚢腫の遺伝についてはCasidaら[10]および菅ら[48]は母牛系統,Wiltbankら[49]は主として父牛系統,さらにColeら[11]は父牛と母牛の両系統により卵巣嚢腫が遺伝する傾向にあることを示唆している.しかし,遺伝的傾向のある卵巣嚢腫牛のどの遺伝子に変異や欠損などの異常が生じているかは現時点では不明である.これに関連して先天性の偽性半陰陽を示すヒトの多嚢胞性卵巣では芳香化酵素の遺伝子に2カ所の変異があり,エストロジェンを合成する活性が失われていることが報告されている[12].一方,エストロジェンレセプターαのノックアウトマウスでは卵胞は発育するが,排卵せずに嚢胞化し,不妊になることが報告されている[46].さらに最近発見されたエストロジェンレセプターの新しいタイプであるβのノックアウトマウスでは不妊にはならないが,排卵数と出生子数の減少が報告されている[38].遺伝的傾向のある卵巣嚢種牛の遺伝子異常の解明については今後の検討が期待される.高 泌 乳 説高泌乳は卵巣嚢腫の発生と関連があるとする報告があるが[27],高泌乳は卵巣嚢腫の原因というよりも,むしろその結果 であると報告されている[37].一方,高泌乳と卵巣嚢腫の間には関連がないとする報告もあり[41, 47],両者の関係についてはいまだ不明な点が多い. |
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