プラズマ発光分光分析装置による生物材料の分析法

 試料中の元素濃度を決定する場合には,測定精度を管理するために,使用する測定機器の特性を的確に把握しておかなければならない.高熱で試料を処理して,その発光現象から特定元素の濃度を決定するプラズマ発光分光(ICPhAES;Inductive coupled plasmahatomic emission spectrophotometer)分析法では,試料中の多様な元素を起源とした多くの発光線間の分光干渉が知られている[1].このことは,組織ごとに構成元素の種類と割合が大きく異なる生物材料では,特に考慮しておかなければならないことである.


測定波長と干渉作用

  当研究室では,マルチチャンネルICPhAES(FTP08;SPECTRO A. I., Germany)を分析装置として使用している.この装置の分析能力とその測定精度を検討するために,単一の元素を高濃度に含む市販の原子吸光分析用標準試薬(和光純薬)とICP分析用標準試薬(Aldrich)を,適当な濃度に希釈して,13種の元素(元素記号;測定波長nm):カルシウム(Ca;317.933),カドミウム(Cd;226.502),クロム(Cr;267.716),銅(Cu;324.754),鉄(Fe;259.94),マグネシウム(Mg;279.553),マンガン(Mn;257.610),モリブデン(Mo;202.030),リチウム(Li;670.784),チタン(Ti;334.941),タリウム(Tl;190.864),バナジウム(V;311.071)および亜鉛(Zn;213.856)に対する分光干渉の程度を測定した.希釈した標準試薬に含まれる元素の総数は26種類であり,上記13元素のほかに,アルミニウム(Al),砒素(As),コバルト(Co),水銀(Hg),カリウム(K),ナトリウム(Na),リン(P),鉛(Pb),硫黄(S),スカンジウム(Sc),セレン(Se),珪素(Si)およびタンタル(Ta)の13元素である. まず,各測定波長の側から分光干渉を検討した場合,MgとFeに対する干渉が特に強く,MgがHgを除く他のすべての元素,Feは他の7元素により干渉された.しかし,ここで使用したMgとFeの波長は以前から使用されているものであり,この両元素が生物材料中には相対的に多いため,これまでの報告でも問題となっていない.
 HgとMgを除く24種の高濃度の標準試薬(100ppm)は,上に示した各測定波長の少なくとも1波長以上に分光干渉を及ぼして,当該元素が存在しないにもかかわらず見せかけの分析値を示した.特に,標準試薬のうちTaが12種,Tiが10種,PbとScが8種,CrとVが6種の元素の測定波長に対して干渉した.図1-1は,Mo,Znおよびそれ自身以外の元素の測定波長に対して分光干渉を引き起こすTiが,Vの測定波長311.071nmに対して与えた干渉作用の典型的な例である.図に示した通 り,Vの測定限界はイオン強度で約500cps(約0.002 ppmに相当)であり,Vを含まない100ppmのTi溶液は,約1,800cps(0.5ppmのVに相当)のピークを示している.この干渉作用は,Tiの濃度が下がるにつれて減少し,1ppmのTi存在下では認められなかった(図1-2).同様の現象は上に示したTa,Pb,Scなどの以外の元素でも認められ,干渉作用は共存元素濃度が低下する従って減少した.通 常の場合,生物試料中においてTiを含むこれらの元素の含量は微量であると考えられるので,それらによる汚染が特に疑われた場合以外には,この干渉作用は無視できるものと考える.