動物に連関痛はあるのか?
竹内: ところで動物では,連関痛はかなりはっきり分かるのでしょうか?
マシューズ: そうはっきりしないと思います.例を挙げますと,腕神経叢の腫瘍による跛行でも,足先を触診すると痛いことがあります.実は腕神経叢の腫瘍が痛みを起こしているのですが,数週間経過してから腋下の腫瘍と疼痛を触診で確認できる場合があります. また腹部に強い圧痛がある犬の急性腹症が腹部X線写真上の骨融解像等から多発性骨髄腫と分った例があります.なお,連関痛に関連して,膵炎の動物では,脊柱を圧迫すると椎間板ヘルニアのように「うっ」という強い痛みを示すことがあるのですが,反対に小さい犬で背中を圧迫して痛みがあっても,実は指先が気付かれていなかった腹部の膵炎部分を押しているための痛みを勘違いしていることもあり得ます.

武 部 正 美 氏
1940年生まれ,1964年岐阜大学農学部獣医学科を卒業後,1970年から武部獣医科病院(横浜市)院長,元日本小動物獣医学会副会長.

犬の品種による痛みの違い 
    
竹内: ところで痛みの表し方で品種差については如何でしょうか?
西村: 日本犬では非常に痛みが分かり難いと思います.甲斐犬とか秋田犬とか土佐犬などは,全然分からない,という印象が強いですね.柴犬は割と大丈夫だと思うのですが,それ以外の日本犬はなかなか苦労します.
マシューズ: 犬の品種による痛みの違い 確かに品種によっては手術後でも痛みを訴えないものもあります.でも手術をしたのですから,必ず痛みはあるものとして治療をする必要があると思います.
武部: 一般に大型犬は非常に我慢強いと思っています.僕が飼っていたピレニアンは,ひどい膵炎でもほとんど痛い様子を示してくれなかった. 別のピレニアンで,子宮蓄膿症で子宮破裂を起こし,きて数時間後に亡くなったのですが,それでも歩いて病院にきて,亡くなる30分くらい前になって始めて本当に痛そうな呻き声を出しました.
マシューズ: そうですね,やはり大型犬は,使役犬として苦痛を訴えないような品種を選択して作られたものが多いので,我慢強いと思います.骨折があっても平気で足をついて座っていることもまれではありません.一方,小型犬は大変可愛がられていることからくる精神的な違いで痛がりやすいのでしょうが,さらに不安により痛みの閾値が低下して,軽い痛みでも強く感じることも重要な要因かも知れません.ですが,大型犬は痛みを感じてはいるのに,閾値が高いこともあるのでしょう.小型犬が表すような兆候をみせないことが多いようです.われわれがその痛みを感じとってやる必要があると思います.
竹内: 結局痛みをみつけるコツというのは,飼い主への質問や病院での観察,そして十分な触診などを通 じて,動物の身になって行動の異常をできるだけ細かく知るということ,つまり誰にでもできるということになりますね.
マシューズ: もう一つコメントですが,動物は生き残るために,本来何か問題があっても,かなり病的状態や痛みが進まないと表さない傾向があり,だから痛みがあってもじーっとうずくまっていることが多いのでしょう.
竹内: ありがとうございました.「隠された動物の痛み」とでもいえるのでしょうか.

西 村 亮 平 氏
1959年生まれ,1981年東京大学農学部獣医学科を卒業し,修士課程修了後,同大学家畜外科学教室助手を経て,1994年同教室助教授に就任し,現在に至る.

痛みが激しいのはどんな場合か
 

では,先に進みまして,皆さんのご経験の中で,痛みが特にひどいと思われる具体例を少し挙げていただきたいと思います.  

マシューズ: そうですね,骨格系の腫瘍つまり骨肉腫が最も強い痛みを表す例ではないでしょうか.特に病的骨折は外傷性骨折よりもかなり強い痛みを伴います.また,神経系の疾患でもかなり強い痛みがみられます.
武部: 僕の知っているひどい痛みは,ピレニアンの前肢の骨折の時でした.
山下: 私も骨肉腫はかなり痛いと思います.その他では,頸椎のメラノーマで痛みがなかなか止まらなくて困った例がありました.疝痛の馬のように犬が転げ回っているのはあまりみたことがありませんでした.しかし痛みの激しさについては,個体差もあるかも知れません.
大橋: 私も頸椎のミエローマでどこを触っても,体全体を痛がった例を経験しています.頸椎の腫瘍の多くでは激しい痛みがあるようです.
西村: 僕も,今まで痛みのコントロールで非常に苦労したのは,脊髄の腫瘍ですね.最近MRIで脊髄腫瘍と分かった2例での話です.1例は手術でかなり取れて,幸い痛みも消えて回復しました.もう1例は取りきれなかったうえ,あまりに痛みが強いので,安楽死になりました.この例ではオピオイドもかなり使ったのですが,全然痛みをコントロールできなかった.オピオイド以外の鎮痛剤の選択がなかなか難しい全身状況だったのです.
竹内: こういう神経疾患による強い痛みというのは,一般に病巣を取らないかぎり,鎮痛剤特に麻薬であるオピオイドでコントロールするのは難しいと考えてよろしいでしょうか?
マシューズ: そのとおりです.脊髄あたりに痛みがある時にはよく調べる必要があります.腫瘍,外傷,骨折,髄膜炎など,いずれでも強い痛みが表れ,心拍数も呼吸数もかなり上昇しています.そういう痛みは,ただちに手術をしないとよくならないようです.
竹内: そうしますとあえていえば,神経系の痛みが酷くて,たとえば神経系の腫瘍を手術で取りきれないと分かった場合には,一つの選択肢として,安楽死も考えなくてはいけなくなるのでしょうか?
マシューズ: そうだと思います.これに関連してですが,腕神経叢の腫瘍で断脚をする際に,腕神経叢の腫瘍を完全に取らないと,断脚した後も依然として痛いということがあります.
竹内: 手術に当たって,常に気をつけなくてはならない点の一つですね.そうしますと,大体,神経系,あるいは骨格系の腫瘍,髄膜の炎症,その辺がひどく痛いものの代表のようですが,その他に何かコメントがありますか?
西村: 痛みのコントロールで今までで一番苦労したものに,拡大した胃の全摘があります.噴門部を含めてかなり上の方まで摘出したのですが,ものすごい術後の痛みでした.神経を含めてとりましたので,かなり痛そうな手術ではあったのです.
竹内: 強い痛みがどんなふうにみられたのですか?
西村: 鳴き叫んでるという状態がずっと続きました.その時はフェンタニールの持続点滴投与で全然上手くいかず,モルヒネでもだめでした.最終的には残念ながら安楽死になりました.
マシューズ: 8歳のゴールデンレトリバーがタオルを飲み込んでから5日後に診断され,来院時にはすでに痛がっていた例がありました.さらに異物摘出後に大変痛がりだし,収縮期血圧は200を超え,拡張期の血圧も140,心拍数は290にもなってしまったのです.この犬では,モルヒネの投与に加えて硬膜外カテーテルからのモルヒネ投与も行い,通 常量の3倍ものモルヒネを使ってコントロールすることができました.個体による違いも考えなくてはいけない例でしょうか.