修業年限4年制大学の獣医学科における専門教育期間が2年間であり,そのうえ従来から家畜の伝染病を撲滅することを目的とした教育の流れから,基礎獣医学の教育に多くの教育時間が割かれたため,産業動物臨床や小動物臨床あるいは獣医公衆衛生等の実務教育の時間数が全体の1/3にも満たない状態であった.さらに,実習や演習に要する施設・設備の不備と,実務教育を行う教員の絶対的な不足から,社会の要請に対応できる教育は不可能な状態であった.このために,学生は国家試験に合格し,獣医師の資格を取得するにとどまり,現場で働く獣医師は就職してから,個別に卒後教育を受けて実務的な勉強をする状態であった.また,現場では大学の教育・研究に対する期待が持てず,自から欧米に研修や視察に出掛け,自助努力によって獣医学術の向上を図ったり,外国文献や雑誌あるいは専門書の翻訳等によって,欧米の学術を広く取り入れるようになった.その結果,大学の獣医学教育に対する社会的な批判が一層高まってきた.特に小動物臨床分野では,戦後の約40年間で現場では著しい発展を遂げてきたのに,各大学におけるこの分野の教育体制は依然としてあまり変っていない.
  また,実務的に貧弱なわが国の獣医学教育では,当然,欧米諸国に対応できず,大学卒業の獣医師資格をもっていても,欧米諸国での研究や留学あるいは視察等で相手国と接衝した場合,教育年限の点で相手国と同等の資格とは認められなかった.
  このように,修業年限4年制大学の獣医学教育では,将来ともに欧米諸国と同等のレベルに達しなければ,国際的に問題が生ずると同時に,わが国においても社会経済の発展によって獣医学術の向上に対する要請に対応できないことは明らかであった.このことから獣医学の発展だけでなく,社会的に専門的な知識人としての獣医師の養成に大きな問題が起こることを懸念して,戦後一貫して獣医学の修業年限を6年に延長する努力が続けられてきた.
  その経緯は1950〜1965年にかけて,主として文部省に対してさまざまな角度から獣医学修業年限延長の請願運動を行ってきた.ついで,1966〜1974年にかけて,日本学術会議において獣医学修業年限延長の必要性を訴え,1971年11月9日付けで日本学術会議がこれを承認し,内閣総理大臣に対し「獣医学教育年限の延長について」勧告が出された.この勧告から3年後の1975年6月に文部省に「獣医学教育改善に関する調査研究会議」,7月に農林水産省に「獣医師問題検討委員会」が設けられ,これによって農林水産省は獣医師法を一部改正し大学院修士課程積み上げ方式で,修業年限6年の教育を受けた者に獣医師国家試験受験資格を与えることとした.これによって文部省は,漸定的に大学院修士課程を利用した修業年限延長とし,獣医学教育基準(表1)が作成され,局長通達として各獣医系大学に獣医学教育修業年限の延長が通達された.