4)ワクチンの種類と応用
  口蹄疫のワクチンは不活化ワクチンである.歴史的には一時弱毒株生ワクチンを検討した時期があった.しかし,このウイルスの性質上病原性の復帰という決定的な問題が避けられないことが判明したため,この試みはただちに中止されている[61].不活化ワクチンにも歴史的に多種類の製法がある[68].しかし,現在ではBHK21細胞の浮遊細胞培養や回転培養で製造される組織培養ワクチンが主流となっている.大量培養したワクチン株ウイルスをエチレンイミンで不活化し[8],濃縮精製後アジュバントを加えて製品化する[32].通常牛用ワクチンのアジュバントには水酸化アルミニウムゲルが,また牛より免疫応答が鈍いとされる豚用には油性アジュバントが推奨されている.また,後述するワクチンバンク構想が具体化するようになって,動物種ごとの免疫研究の進展を踏まえて,抗原の不活化法,濃縮法,精製法,製品の安定性およびアジュバント製剤などの,いわゆるワクチン生産技術に関する開発研究や改良が加えられている[32, 33, 34, 114].
  新しいワクチンの試みとしては,合成ペプチドや組換え蛋白質を用いるペプチドワクチン,抗イディオタイプワクチン,ベクターウイルスを用いる生ワクチン,DNAワクチンなどさまざまな試みが行われている[14, 29, 30, 61, 67, 99].また,不活化ワクチンにしても,より効果的に免疫を賦与するために新しいアジュバント剤やDDS(drug delivery system)の検討が行われている[30].しかし,こうした新しいワクチンでも,依然現行の不活化ワクチンを越えるものは得られていない.それは,口蹄疫ワクチンの有効性が,単にワクチンそのものによるものではなく,口蹄疫の疫学を基礎として,抗原解析,免疫応答,製造技術,そしてワクチン検定など極めて広範囲な総合科学技術を基盤にしているためである.
  通常ワクチンを使用していない口蹄疫清浄国では,ワクチン接種動物のキャリアー化やウイルス抗原の変異などの問題があるため,本病の発生に対しては殺処分方式を基本とする防疫が行われる.しかし,こうした清浄国でも発生時に一時的に蔓延防止を目的とするワクチン接種が必要になる場合がある.一方,発生国や発生地域では全面的あるいは段階的に疾病防除を目的とするワクチン接種を実施している.前者は戦略ワクチンと呼ばれ[36, 61],清浄国に発生した場合に発生地を中心に防疫帯を作り蔓延防止を図るために使用される.一方,後者は予防ワクチンと呼ばれ,発生国や発生地域で疾病予防に使用されている.また,従来戦略ワクチンの接種はおもに牛を対象にしてきた.しかし,飼養密度が高く,個体のウイルス排出量も多いために,発生時の防疫上問題になる豚をワクチン接種の対象家畜にすることも検討されている[76, 111].戦略ワクチンのひとつとして,高度精製不活化抗原を液体窒素に凍結保存し,発生時に適切なアジュバントを加えて緊急に製品化する,いわゆるワクチンバンクが世界的に普及しつつある[9, 22, 32h 34, 61, 114].最近では,アジュバント剤の改良と抗原量の調製により,接種後数日から発病阻止効果が現れるものがあり,迅速な効果を得るというバンクワクチンの目的から注目されている[30, 34, 38].現在稼働しているワクチンバンクには,国際バンク(イギリスを中心に島国や半島に位置する7カ国が対象),欧州バンク(欧州連合域内国を対象に4カ所に分散設置),北米バンク(カナダ,アメリカおよびメキシコ3国を対象),ロシアバンク(ロシアとその他旧東欧圏を対象)の4種類がある.これらのワクチンバンクは,地域ごとに共通の防疫構想を持つ国で維持されているが,バンクに保存されている抗原量は発生地を中心にした蔓延防止に必要な程度に限られるので,全頭接種で防疫を行う可能性のあるハイリスク国は加盟できない場合も想定される.また,以上の他各国が個別にワクチン製造所と契約する商用バンクもある.