国際基準と危険性解析
牛肉戦争へのWTO裁定:SPS協定は,「関税及び貿易に関する一般協定(GATT)」の自由貿易による国際秩序維持の精神に則り,恣意的または差別的な衛生検疫措置による貿易への悪影響を最小限にするための協定であり,国際的基準に基づくことが定められている.最近の事例として,「米国と欧州のホルモン牛肉戦争」に関する国際貿易機関(WTO)上級委員会の裁定から,国際基準がどのように取り扱われるのかを検討する[19].
FAO/WHO合同食品添加物専門家会議(JECFA)は,生産補助剤としての組み替えソマトトロピン(rBST)について,適正に使用される場合に食品中残留物質の消費に対する安全性に大幅な余裕があることから,1日摂取許容量および残留限度は設定しないことを決定した[13].これを受けて,rBSTを使用した米国産牛肉についてのEUの輸入禁止措置に関するWTO上級委員会の裁定[26]が下されたが,SPS協定第3条第3項にある「国際基準より高い保護の水準」を採用できることは加盟国の自明の権利であるとし,
EUは第5条に明記されている危険性査定の実施が必要とした.下級審にあたる小委員会(Panel)裁定では,EUの措置は国際基準に基づいていないので第3条違反としていたが,WTO上級委員会の裁定は「基づく」ことを「同水準」とした小委員会解釈を覆えしたものである.FAO/WHOは「Codex基準は最低基準(minimum
standard)」[7]を示すとしており,当該食品の摂取量や摂取方法の違い等に基づく設定基準の高低はおのおのの国の当然の権利である.問題は,EUがCodex基準とは異なる水準を設定する際に第5条の危険性査定を適切に行ったかという点に絞られた.この危険性査定については,EUが提出した科学的論拠が「ホルモン処置牛に関して当該ホルモンの肉への残留に焦点が合っていないので,不十分である」という小委員会の判定をWTO上級委員会も支持した.ただし,裁定文[26]のこれに関する箇所「危険性査定の解釈」には,「……第5条第1項の危険性査定で評価される危険性とは,厳格に制御された状況下で科学的試験操作によって確認できる危険性のみならず,現実に存在するままの人間社会における危険性,言いかえると,人々が生き,働き,死んでいく実世界における人の健康に対する悪影響の現実的可能性をも含むものであることを留意すべきである」と指摘されている.さらに,「危険性査定が科学的結論またはSPS協定に含まれる見解と一致する単一の結論に達するとはわれわれは信じない.危険性査定は,科学的意見の主流をなす支配的な見解とともに,異なった見解をもつ科学者の意見をも取り入れることができる.……ある時には,適格で信頼できる情報源からの異なった見解に基づいて責任政府は誠実に決定することもある」としている.これらの点から,EUは「WTO裁定はヨーロッパ消費者の勝利である」[6]と評価した. |