このようにげっ歯類の間で広範に感染個体が発見されているにもかかわらず,人における流行はあまり報告されていない.歴史的には,前述したように1960年代の大阪梅田の一般住民におけるドブネズミを感染源とする都市型の流行[23]および1970年代の動物実験用ラットを感染源とする実験室型の流行[12]のみである.その後,人における患者発生の報告はない.1982年,われわれは東京湾内の埋め立て処分場に生息するドブネズミを対象にして血清疫学調査を実施し,この処分場に生息していた多数のドブネズミが高率(約30%)にSeoul型のハンタウイルスに感染していることを明らかにした[3].次いで,小松ら[16]はこの埋め立て処分場の従業員732名を対象にハンタウイルスに対する抗体測定を実施し,抗体陽性率が一般東京都民のそれに比べ有意に高くかつその抗体価も高いことを報告した(表5).従業員の間に典型的な腎症候性出血熱の患者の発生がみられないことから,これらの抗体陽性例は,軽症または不顕性に耐過したものと考えられる.しかし,この成績はドブネズミの保有しているハンタウイルスが人へも感染し得ることを示唆しており,潜在的な感染源として注意する必要があろう.
  腎症候性出血熱のおもな症状は前述したごとく,腎臓の機能障害を伴う出血熱であるが,一部の感染例に肝炎を引き起こすことが報告されている[20].われわれも,非A〜非G型肝炎患者血清103例について解析した結果,そのうち3例が明らかにハンタウイルスに対する抗体を保有していることを複数の診断法で確認した[11].抗体価はSeoul型のハンタウイルスに最も高く,ドブネズミからの感染が疑われた.いずれの血清も肝炎発生後長期間が経過した後に採取されたため,ハンタウイルス感染と肝炎発症との因果関係については明らかではない.しかし,われわれはこれまでに全国の一般人1,400名を対象に血清疫学的調査を実施したが,全例が抗体陰性であったことから[21],ハンタウイルス感染と肝炎の関連についてさらに検討を加えて行きたいと考えている.

表5 東京湾埋め立て処分場の従業員と一般東京都民におけるハンタウイルス抗体保有状況

対  象 検査数 陽性数 陽性率(%) 間接蛍光抗体法による抗体価

1:16 1:32 1:64 1:128 1:256

埋め立て地従業員 732 33 4.51 13 13 2 3 2
一般東京都民 530 5 0.94 4 1 0 0 0