診断および予防

 本ウイルス感染後,人,げっ歯類ともに抗体出現は速やかでかつ長期間継続する.人では発症している急性期にすでにIgMやIgG抗体も出現することが多い[19].また,げっ歯類でも実験感染後10日目ころから抗体も検出される[9, 18].そして,人では長期間(旧満州で感染した人の中には現在でも抗体陽性者がいる),またげっ歯類では終生抗体を保有する.このため,感染診断には抗体測定が最も適している.ハンタウイルスの感染・増殖にはP3クラスの封じ込め設備の実験室が必要なことから,感染培養細胞を抗原として用いる蛍光抗体法による抗体測定は一部の研究機関のみで行われてきた.しかし,ハンタウイルス感染症は実験用ラットにおいてもモニタリング対象項目として抗体検査が要求されることがあることから,ELISAによる診断キットが開発され市販されることになった.人の診断キットは韓国製,ドイツ製のものがあるがわが国には輸入されておらず,検査依頼に対して,個々の研究機関が対応しているのが実情である.血清学的診断では,一般に少数の擬陽性例の出現まで完全に排除することは困難であり,単一血清のみでの診断にはおのずと限界がある.しかし,本症の場合,人獣共通感染症の特殊性から絶対的な診断を要求される傾向にある.血清診断法の限界を理解するとともに診断の精度を向上させるために適切な血清検体の採取が必要である.HFRS[7]およびHPSの診断基準[4]については既報を参照されたい.
  予防法として哺乳マウス脳乳剤より作製した不活化ワクチンが中国と韓国で実用化され,ハイリスクグループ(軍人,農民,森林作業従事者)を中心に接種が行われている.

お わ り に

 ハンタウイルス感染のわが国における疫学的背景を中心に紹介した.わが国にも予想以上に広い範囲でドブネズミや野ネズミの間にウイルスが存在していることから,未診断例の中に本症例が存在している可能性もある.南北アメリカでのみ流行しているHPSは,それを媒介する種類のげっ歯類がわが国には生息していないが,侵入する可能性についても常に注意を払う必要がある.幸いなことに,本ウイルス感染では人でも動物でも抗体上昇が顕著であることから,血清診断は容易である.海外からのげっ歯類の侵入を完全に防ぐことは困難であるが,港湾地区を中心に捕獲動物の汚染状況を把握することが望まれる.また,臨床医からの類似症例に対する情報提供やそれに対する速やかな診断体制の確立が流行防止に重要である.
  (平成10年10月2日,「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」が公布され,同年12月28日には同法の施行令,施行規則が公布された.また,同時に検疫法施行令も一部改正された.その結果,腎症候性出血熱とハンタウイルス肺症候群は,患者発生時には医師に届け出義務のある4類感染症に分類され,さらに検疫所長の行う調査及び衛生処置の対象となる検疫感染症に準ずる感染症にも分類されている.)