わが国のげっ歯類と人における流行状況
われわれは1981年,実験室型流行を起こした1施設由来の感染ラット臓器から原因ウイルスを分離することに成功し[15],診断法の確立や疫学調査にとりかかった.診断法の確立によって実験室型の流行は終息し,1984年以降,実験室型の患者発生は報告されていない.しかし,同時に開始した疫学的調査によって,港湾地区に生息するドブネズミを中心にSeoul型のハンタウイルスの感染が広範囲に存在していることが明らかになった(図2).また,苅和ら[10]は北海道に生息する野ネズミを対象に疫学調査を実施し,北海道内の7カ所で捕獲されたエゾヤチネズミがPuumala型のハンタウイルスに感染していることを明らかにした(表4).このPuumala型のハンタウイルスは,類似のハタネズミを媒介動物として北欧諸国で毎年数千例発生している軽症型の腎症候性出血熱の原因ウイルスである.このため,本ウイルスの北海道への侵入は,サハリンと北海道が地続きでネズミの移動が可能であった最終氷河期以前(1万年以上前)になると推察されている[10].エゾヤチネズミは本州には生息していないが,中国や韓国での田園型流行の媒介動物であるセスジネズミに近縁のアカネズミ(Apodemus属)は本州にも広く生息していることから,感染げっ歯類が存在している可能性もある.しかしながら,ほとんど調査が行われておらず,実態は不明である.図2に示したように,わが国の近隣の中国や韓国は腎症候性出血熱の流行国であり,また,わが国のげっ歯類の間にも予想以上にハンタウイルスが存在していた.このため,本症は輸入感染症として,また公衆衛生の面からも注意を払うべき感染症であり,人とげっ歯類を対象にした広範な疫学調査の実施が望まれている.
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