参考:米国における1997年の狂犬病調査

 げっ歯類およびウサギの狂犬病報告数の増加は,アライグマの狂犬病が流行している地域で飛び火感染が増加している事実を表しているものと思われる.一方,その他の野生動物で見られる報告数の減少は,テキサス州におけるコヨーテの狂犬病報告数の減少が原因と考えられる.また,ノースカロライナ州では2匹の攻撃的なビーバーが狂犬病と診断されているが(1匹は,釣り人の乗ったボートに乗り込もうとし,もう1匹は,川で泳いでいた人間にかみつき,そばで泳いでいた他の人間にもかみつこうとした),このことは,狂犬病に感染したげっ歯類はめったにみられないものの,大型のげっ歯類については狂犬病にかかった肉食獣に襲われたあとも生き延びて発症する場合があるため,他の種に危険が及ぶこともあるということを示しているa)
 さらに,テキサス州西部のハイイロギツネ型狂犬病ウイルスとテキサス州南部のイヌ/コヨーテ型狂犬病ウイルスの流行を阻止するプログラムの一環として,ワクチンを添加した餌の投与がすでに実施されている.ここで使用されているワクチンは,ハイイロギツネおよびコヨーテ向けの経口型狂犬病ワクチンである.イヌ/コヨーテ型の狂犬病ウイルスは,テキサス州とメキシコの国境地帯では依然として完全には駆逐されておらず,少なくとも1978年以降は流行が確認されている.また,テキサス州南部では人間の死亡例も2例報告されている.一方,イヌ科型の狂犬病ウイルス(テキサス州原産)に感染した動物が人間の手によって運ばれた例は,アラバマ州(1993年),フロリダ州(1994年),モンタナ州(1995年)で報告されている.だが,いずれのケースでも,迅速な対応によってウイルスの定着や拡大は防がれた.現在,テキサス州の動物は狂犬病が潜伏しているおそれがあるとして,州外への動物の持ち出しを禁じる法律が制定されている.
 家畜の狂犬病報告数はおよそ6.3%の増加を示しているが,野生動物の狂犬病報告数の増加は,その3倍以上にあたる20.6%にも達している.前者の増加は,野生動物の狂犬病が増えたのに伴い,それらの動物からの飛び火感染も増加したためと考えられる.猫の狂犬病も12.8%の増加を見せた.これは,猫へのワクチン接種に関する規則を設けるなどして,猫のワクチン接種率を高める必要があることを示唆している.ペットに対するワクチンの接種は,そうした動物を介して人間が狂犬病に感染するのを防ぐ有効な手段となる.人間とともに暮らす動物に1例でも狂犬病の症例が見つかると,相当な出費が強いられ,公衆衛生当局は人間への感染の可能性を完全になくすべく対処に追われることとなる.家畜に対する広範なワクチン接種は,経済的に実現が困難なばかりか,公衆衛生上の理由で認められてもいない.しかしながら,高価な家畜や,狂犬病流行地域において人間と接触する機会の多い家畜などには,そうした方策も考慮すべきである.米国の西部では,犬の狂犬病の報告が少ない.これは公衆衛生のインフラ整備や,野生動物からの飛び火感染によるイヌの狂犬病の流行を予防する施策が効を奏した結果 といえる.
 また,1997年に4例の人間の狂犬病が報告された結果,1990〜1997年のあいだに米国で狂犬病と診断された人間の総数は26人となった.このうち21人は,米国内で感染したものと思われる.モノクローナル抗体による分析や遺伝子配列の調査によって,これら21人のうち19人が,コウモリ型の狂犬病ウイルスに感染していたことがわかった.したがって,コウモリから人間に狂犬病ウイルスが感染するという可能性は,依然として公衆衛生上大きな関心の的となっている.それゆえ,どのような行動がコウモリとの接触の機会を増加させるか,慎重に調査する必要がある.

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