参考:米国における1997年の狂犬病調査

人の狂犬病
 1997年には,狂犬病による人の死亡例が4例報告されている.このうち2例(モンタナ州とワシントン州)については,すでに1996年の調査報告において,「1997年の狂犬病(最新情報)」のセクションで解説済みである.以下,その報告の発表の直前に明らかになり,補遺において簡単にしか触れられなかった残りの2例について,概要を記すこととする.
 1997年10月17日,テキサス州ヒューストン郡で,約2週間にわたる闘病の末,71歳の男性が死亡した.この男性は,10月3日に,倦怠感と食欲不振,顔の左側と左耳の痛みを訴えた.その後,症状が進んで興奮と錯乱と発熱を呈するようになり,10月8日,精密検査を受けるために入院した.10月12日には,すでに挿管が必要となっており,狂犬病の疑いがもたれた.患者は検査のため漿液サンプルを採取され,病院内で隔離された.10月16日には昏睡状態に陥り,10月17日には脳幹反射が見られなくなった.そして呼吸維持装置が外され,患者は死亡した.10月12日に採取された漿液サンプルからは狂犬病の抗体の存在は確認されなかったが,10月18日,検死用の脳サンプルでDFA検査を行ったところ,狂犬病と判明した.
 1997年10月23日には,ニュージャージー州ウォレン郡で,約11日にわたる闘病期間を経て,32歳の男性が狂犬病で死亡している.この男性は,10月12日,右肩と首の痛みを訴えた.その後,症状が進行して発熱と不眠,興奮,嚥下障害を呈するようになり,10月14日に入院した.患者の容態は悪化を続け,10月16日には選択的に挿管が施された.10月17日には狂犬病の疑いがもたれ,CDCに検査用のサンプルが送られた.10月20日,項部生検用試料に対してDFA検査を行ったところ,狂犬病抗原の陽性反応が出た.この結果 はさらに,埋め込み逆転写酵素複製連鎖反応(nested reverse transcriptase polymerase chain reaction)によって確認された.患者は重度の低血圧と腎疾患を呈し,10月23日に死亡した.
 遺伝子鑑定により,いずれのケースの狂犬病ウイルスも,シルバーコウモリ(L. noctivagans)とアメリカトウブアブラコウモリ(Pipistrellus subflavus)の型であることが判明した.疫学的調査の結果 ,動物に咬まれたという履歴は判明しなかったが,いずれのケースでも,コウモリが人の皮膚とじかに触れ合うチャンスがあった(知らないうちに咬まれていた可能性もある)ことが明らかとなった.最初に挙げたケースでは,問題の男性が8月3日にホテルで就寝中,ふと目を覚ますと左肩に一匹のコウモリがとまっていたという事実を,男性の妻が記憶していた.2番目のケースでは,7月初旬に2回,問題の男性が家の中の居間で,手に布を巻いてコウモリを捕まえていたことを,やはり男性の妻が記憶していた.さらに,いずれのケースも,公衆衛生関係当局への連絡はなかった.このため,検査に関するインタビューやアドバイス(どちらのケースでもコウモリは処分され,検査に利用できなかった),および,接触後の感染予防に関する勧告はなされなかった.この2つの死亡例は,米国内で狂犬病に感染して死亡した人が,一般 にコウモリ型のウイルスに感染しており,明らかに動物に咬まれたという履歴をもたないという傾向を維持したものといえる.

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