参考:米国における1997年の狂犬病調査

 アライグマ(Procyon lotor)は,1950年以降,南東部の各州で狂犬病の保有宿主のひとつとなっている.1970年代後半に始まった中部大西洋岸諸州における大発生は,南東部諸州から人の手により運び込まれたアライグマによるものと考えられる.かつてこの2つの地域の狂犬病は別 種の動物間流行病とみなされていたが,両者の領域が拡大してひとつに融合した結果 ,東海岸全州はもとより,アラバマ,ペンシルヴァニア,ヴァーモント,ウエストヴァージニアの諸州までも含む広大な感染領域が形成され,つい最近にはオハイオ州の一部もそれに含まれるようになった.カリフォルニア州と北部中央諸州および南部中央諸州で見られるスカンク(主としてMephitis mephitis)の狂犬病には,3つの型の狂犬病ウイルスが関与している.また,アラスカ州では,アカギツネ(Vulpes vulpes)とホッキョクギツネ(Alopex lagopus)が昔から狂犬病の宿主として知られている.キツネの狂犬病は,1950年代には,ノースウエストテリトリーズをはじめ,カナダ全土とニューイングランド諸州にまで広まった.アラスカ州では依然としてキツネの狂犬病が問題となっているが,カナダでは報告数が減少しており,ニューイングランド諸州でも報告は断続的なものとなっている.アリゾナ州とテキサス州には,数は少ないが,今なおそれぞれ別 の型の狂犬病ウイルスをもつハイイロギツネ(U. cinereoargenteus)が分布している.一方,テキサス南部で見られるコヨーテ(C. latrans)と犬の狂犬病は,メキシコとの国境地帯で,ワクチンを接種していない飼い犬やコヨーテ同士が長年にわたって接触を重ねてきた結果 と言える.
 野生肉食動物については,北米ではかなり前から持続的な生息数削減による狂犬病撲滅策が講じられてきたが,いまだ満足な成果 は収めていない.ヨーロッパやカナダ南東部では,代替手段として,アカギツネ(V. vulpes)などの野生宿主に投与する経口型ワクチン(変形生ワクチンや遺伝子組み換えウイルスワクチンなど)が注目を集めてきている.たとえば,ここ20年間で,ヨーロッパでは600万平方キロを超える面 積に1億匹分以上に相当するワクチンを含有した餌が散布され,これまでのところ良好な成果 を収めている.事実,ヨーロッパおよびオンタリオ州南部では,狂犬病の症例数が大幅に減少した.これにより,これらの地域では,今後数年間でキツネの狂犬病ウイルスが駆逐される可能性も高い.米国でも,ワクシニア―ラビエス糖蛋白(V-RG)という経口型の遺伝子組み換えウイルスワクチンを,ここ10年にわたり東部の数カ所でアライグマに投与したり,テキサス州のハイイロギツネやコヨーテに投与したりしており,従来の狂犬病撲滅策を補助する新たな手段として効果 を上げている.狂犬病ウイルスにはいろいろな型があり,それらは広範な地域にわたって数種の肉食哺乳動物に感染しうる.この事実を考慮すると,先述のような代替手段が(かりに成功を収めたとして)長い目で見て費用効率的かどうかという点は,今後の分析によって明らかになるはずである.
 陸生哺乳類以外にも,数種の食虫コウモリに,多くの独立した型の狂犬病ウイルスの宿主が存在する.陸生哺乳類の場合と同様,コウモリのウイルス伝染も同種間が中心であり,コウモリの種類によって異なるウイルス型が確認されている.しかし,陸生哺乳類と違ってコウモリは移動範囲が非常に広いので,コウモリの種類の分布もさることながら,その狂犬病ウイルスの分布を型別 に明らかにするのは難しい.狂犬病の宿主として知られるさまざまなコウモリの生息地域は米国全土にわたるため,ハワイを除くすべての州で,多くの狂犬病ウイルスによる風土病がみられる.これらのコウモリから陸生哺乳類への散発的なウイルスの伝染は知られているが,コウモリが陸生哺乳類に一部の狂犬病をもたらしているという証拠は見つかっていない.遺伝子鑑定によれば,コウモリと陸生哺乳類のあいだには,狂犬病ウイルスの遺伝子配列に実質的に15〜20%の差異が認められるという.

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