参考:米国における1997年の狂犬病調査

 世界の多くの発展途上国では,狂犬病というと犬の症例が最も頻繁に報告されているが,米国をはじめ大半の先進諸国では,狂犬病は主として野生動物の病気となっている.事実,米国では,1960年以降,野生動物の症例数が家畜の症例数を上回っており,1997年には,CDCに報告された症例の92.8%を野生動物が占めている.野生動物の中でも,相対的に報告頻度の高い種は,1955年以降大きく変化している.そうした変化をもたらす原因としては,狂犬病ウイルスの型によって,どの動物で伝染しやすいかが異なるということが挙げられる.
 1940〜1950年代にかけて実施された予防接種運動や蔓延防止プログラムによって,1960年代までにイヌ科の動物におけるイヌ型の狂犬病はほぼ撲滅されたが,1970年代から1980年代初めにかけて,テキサス州南部でふたたび犬に適合しやすい型の狂犬病ウイルスが現れ,イヌ科の狂犬病が撲滅されたとの結論は同地では時期尚早であることが明らかとなった.このためテキサス州では,犬やコヨーテ(Canis latrans)のあいだで伝染する型の狂犬病ウイルスと,主としてハイイロギツネ(Urocyon cinereoargenteus)で見つかっている型の狂犬病ウイルスの蔓延を阻止する大がかりなプログラムが実施された.現在テキサス州には,狂犬病ウイルスが潜伏している動物が米国内の他の地域に持ち込まれる可能性をなくすため,狩猟用などの目的で野生動物を州外に持ち出すことを禁じる規則がある.これまでのところ,テキサス以外の州では,先述の2つのイヌ型の狂犬病ウイルスが他の動物に感染した例は確認されていない.
  家畜の予防接種や教育プログラム,公衆衛生のインフラ整備は,今なお人の狂犬病予防に有効な方策といえる.そうした方策以外に,野生動物にワクチンを含有する高分子の餌を与えるという経口投与型ワクチンの使用も,コストは高いが安全かつ有効な予防手段だとの指摘もある.しかし,1990年以降,人の狂犬病が突然増加の傾向を見せている.その原因は主としてコウモリのもつ狂犬病ウイルスの感染にあり,従来の方法では予防が困難となっている.問題を一層複雑にしているのは,人の症例の大半で,感染源との接触履歴が不明であるか,少なくとも疑わしいという事実である.1997年に報告された人の症例も,この傾向がここ10年で顕著になっていることを改めて示すものとなった.こうして,1990年以降に報告された人の狂犬病21例のうち,遺伝子鑑定の結果 ,19例がコウモリに関する型の狂犬病ウイルスに感染したものと判明し,明らかに動物に咬まれた履歴があったのはわずか1例にすぎなかった.
 米国内では,陸生動物の狂犬病は離散的な発生傾向にあり,病気の伝播は同種間が中心となっている.一地域では異種間の伝播も発生しているが,あくまでも散発性のもので,その後新たに感染した動物種の中で持続的に伝播することはまれでしかない.また,いったん同種間のウイルスの伝播が定着すると,それは数十年,ときには何百年にもわたって風土病のレベルでとどまる場合もある.一方,病気の発生状況を動物種や地理的なエリアによって分類すると,各種狂犬病ウイルスの活動状況を知ることができる.なお,ウイルスの型は,一連のモノクローナル抗体との反応や遺伝子鑑定で判明するヌクレオチドの置換パターンによって同定できる.現時点での各種狂犬病ウイルスとその保有宿主の地域的分布は,図(略)に示した通 りである.一般に,それぞれの保有宿主の生息領域は徐々に拡大しつつあり,山脈や水域といった動物の移動を阻害する自然の障害物が境界となっている.しかし,生息分布が特殊なパターンを示したり,人の手でウイルスに感染した動物が運ばれたりすることによって,感染領域が飛び火したり急速に拡大したりする可能性もある.

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