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5 日本に帰国.感じた大きなギャップ 大学院博士課程を無事修了し,一旦日本に帰国した.大学から社会に出て一層見聞を広めたいという理由から,外資系製薬メーカーの養豚テクニカル・マネージャーとして2年間,さらに国内養豚生産企業の農場管理獣医師として1年間の時間を費やした.この期間で大変多くのことを学んだが,一つ最も大きなことは何だったか言えば,それは「アメリカ養豚産業と日本養豚産業の大きなギャップ」であった.産業自体の歴史的成り立ちや構造背景がアメリカと日本でギャップがあるのはむしろ当然だ.しかし,ここで筆者が言うところのギャップというのは,「情報の整備・流通」ということに関してである.解りやすく一つの例をあげるのであれば,PRRSという重要な養豚疾病の現場での対策法に関するノウハウについても,世界標準として認知されているはずの情報は日本産業では全く普及しておらず,逆に科学的根拠を伴っていないまことしやかな“ウワサ”のような情報だけを頼りにして養豚生産者・獣医師が現場で四苦八苦しているような状況であった.このような事態を引き起こした根本的な原因は,日本産業におけるエクステンション機能(研究知見の現場普及,産業と学術のコミュニケーション的橋渡し)の欠如にある.そのことを身を持って経験した筆者は,これまでに培った国内外の人脈を最大限に活用し,現在自身が代表を務めるSwine Extension & Consulting(スワイン・エクステンション&コンサルティング)を2006年12月に設立し,2007年9月よりその拠点をアメリカのミネソタ州に移すに至った. |
6 独立開業.再度渡米 上述のような経緯を経て,現在筆者はミネソタ州大学獣医学部臨床疫学科豚病撲滅センターに研究員として籍を置く傍ら,養豚専門獣医コンサルティングとして日本の養豚生産者や関連企業をクライアントに持ち仕事をしている.「スワイン・エクステンション&コンサルティング」という名の通り,“エクステンション”という機能が日本養豚産業発展のために必要不可欠なものであること,本来は生産現場も農場経営も獣医療も学術研究も産業においては地続きで一つのものであること,という筆者自身の確信を具現化したビジネススタイルとして,現在アメリカと日本を跨ぎながらお仕事をさせていただいている.現在の具体的な活動内容としては,[1]ミネソタ大学豚病撲滅センターにおけるバイオセキィリティ研究に関わる仕事(学会発表・文献執筆を含む),[2]アメリカの養豚専門獣医クリニック・生産企業における研修という形での情報収集,[3]日本のクライアント(養豚生産者,関連企業・団体)へのコンサルテーション(農場訪問を前提とした衛生管理指導・経営相談,最新技術情報・アドバイスの提供,など).[4]日本での大小諸々の業界関連イベントにおける講演と業界誌における執筆活動,などである.発足当初は,この新しい概念にもとづくビジネススタイルがなかなか受け入れられなかったこともあったが,お蔭様で現在では業界に広く認知していただけるまでになった.今後はさらのその仕事の精度を上げ,かつ効率化を図り,さらに新しい事業(意欲さえあれば農場初心者でも新規で養豚産業に参入できるようなビジネスモデル,など)を展開していき,日本畜産業の活性化に貢献していきたい所存である. |
7 エクステンションとは?「情報の整理と活用化」 ここで改めて“エクステンション”という言葉の意味について考えてみたいと思う.なぜならば,そこにこそ今後将来の産業と獣医療の関わり方・あり方の本質的道筋が見えると筆者は確信するからである. アメリカでいうところのエクステンションという言葉は「研究知見の現場普及」や「産と学の橋渡し」という意味があり,本来であれば大学や研究機関に所属する機能である.と言うよりも,もともと「産業ありきの大学研究・教育」という歴史背景のあるアメリカでは,このエクステンションの精神・機能がむしろ大学・研究機関の根幹であるといっても過言ではない.しかしながら,日本の場合はその産業背景と歴史の違いからか,この肝心のエクステンション部門がごっそり欠如してしまっているのが現状だ.「エクステンション」という言葉に直接あてはまる日本語の単語が見当たらないことが,その状況を端的に表している証拠ではないだろうか. そのような背景にある日本畜産業の現状を踏まえると,筆者が考えるエクステンションとは,大学や研究機関のみに限定せずもっと広い意味でかつシンプルに,「情報の整理と活用化」のことであると思っている.情報とは何も学術的知識だけとは限らず,本人の経験やセンス,他人から見聞したこと,なども広く一括りにして「情報」ととらえることができるだろう.そしてそれらの情報が正しいのかどうかを判断するために必要なのが科学的な物の見方・考え方であり,誰が見ても納得する科学的根拠をもって情報を「整理」する基準としなければならない.絶えずアンテナをはって情報を更新すること,偏見にとらわれない「整理」の仕方を身につけることが重要だ.この部分が業界全体として中途半端であやふやなため,まことしやかな情報(筆者はこれを“ウワサ”と呼ぶ)の独り歩きが大手を振って出てしまうのを許す結果となる.上述で例として出した養豚業界におけるPRRSの現状がその端的なものであるが,疾病問題に限らず一時が万事そのような傾向が日本養豚の(もしくはその他畜産業会や小動物業界でも)諸々問題の根底にはあるような気がしてならない. 情報の「活用化」とは即ち,実際にその情報を現場で具現化し結果を出すということである.どのような知識・情報を持っていても,それを使うことができなければ意味がない.どのようにその情報を生かすか・知識を現実化するか,が非常に重要なわけで,そのための「コツ」や「知恵」が付随されて始めてその情報の存在意義が認められる.そして,その情報の活用化に必要な知恵とは即ち,「工夫と妥協」に他ならない.畜産生産現場はまさにこの「工夫と妥協」の連続であり,限られた諸々の条件の中で如何にその情報・知識を使って結果を出すか,に尽きる.どのように工夫すれば本来の意味を失わずにその情報を生かすことができるか・どこまで妥協できてどこからが妥協できないのか,を見極めるために必要なものはやはり科学的根拠に基づいた物の考え方があって初めてできることである.臨機応変に融通を利かせるためには,情報の「整理と活用化」が必要不可欠であり,それを担うエクステンションの意義と重要性を業界全体が認知することが本当の意味での「産と学の連携」の土台になるのだと思う. |
8 おわりに 情報に国境はない.アメリカであろうがヨーロッパであろうが日本であろうが,要はその情報をどのように自分自身が活用できるかで結果が決まる.手持ちのカードとして国外の情報を入手しておくことは必須であり,そのための「国と国との連携」が畜産業界(小動物医療業界でも)では今まで以上に今後ますます重要性を増してくるだろう.そして,このような「産と学との連携」や「国と国との連携」の根本的土台となるのは,実は「個々人同士の連携」に他ならない.どんなすばらしい事業構想も産業システムも,まずは人と人の繋がりから全てが転がり出す.逆に,人の繋がりを土台としたものでなければ,そのアイデアやシステムはいとも容易く呆気なく形骸化する.冒頭のタイトルに掲げた「グローバル・コラボレーション」という言葉は,そのことを筆者なりに経験・体験した上で現在の筆者の活動内容を象徴している言葉であり,さらに言うなれば,今後将来の畜産業界とそこに関わる獣医業界の在り方を示す言葉でもあるのではないか. |
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† 連絡責任者: | 大竹 聡(スワイン・エクステンション&コンサルティング) 385 Animal Science/Veterinary Medicine building, 1988 Fitch Avenue, St. Paul, MN 55108 U.S.A. TEL (+1)612-270-6965 FAX (+1)612-625-1210 E-mail : satoshiotake@hotmail.co.jp |