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解説・報告


 6 これから,海外技術協力分野を志す若い獣医師への助言
 著者の以上の経験を踏まえて,今後,海外技術協力の分野に関わることを目指す若い獣医師に対して,いくつか助言を記してみたい.
 (1)若いうちに幅広い経験を
 筆者は,若いとき海外研修生との出会いがあり,海外における技術協力関係の仕事に興味を持ったものの,すぐには技術協力の現場には入らず,少し寄り道をして新技術の開発実用化やその普及を担当する行政部局の仕事にも関わったことで,専門の繁殖分野以外にも少しは目を向けることができるようになったと思う.また,度々の行政業務の経験は試験研究の継続と言う面ではマイナス面もあったが,行政経験は,海外技術協力で,移転した技術がその国で根付く際に必要な制度や仕組みが重要である点を気付かせてくれたことにも繋がり,結果としてはよかったと思う.
 発展途上国において畜産技術の協力を行うためには,その技術の「スペシャリスト」であることは必要ではあるが,それだけでは不十分である.海外に出て技術協力に関わる前に,その技術が定着する上で必要な要素にどのようなものがあるのかを分析できるように,畜産分野の「ゼネラリスト」としての視点も養っておく必要があると思う.
 (2)日本の仕事の仕方をしっかり学ぶこと
 技術協力の現場で日本的な仕事の仕方を押し付ける必要はないが,海外でも仕事を効率的に進める上で日本的な仕事の仕方が意外と有効なことが多い.例えば,会議を開催するに当たってその落ちを予め想定して,根回し,準備をすること,カウンターパートやコンサルタントに調査を委託する場合も,どの様なことが結論として導き出せるのか予め仮説を立ててそこに誘導することなどは,発展途上国では意外と意識されていないが,仕事の効率や質を高めるためには有効であると思う.また,技術協力は,カウンターパートだけでなく,日本の関係機関やJICA事務所等との連絡,報告なしではうまく仕事が進まない.日本では当たり前の「ほうれんそう」(報告,連絡,相談)は海外で仕事をする上でも基本である.
 組織に縛られずに,若い頃から海外技術協力に携わりたいと考えるのもいいかもしれないが,一度,日本の組織に所属し,厳しい上司に扱かれて日本的な仕事の仕方をきっちり叩き込まれるのも将来海外技術協力の現場に出たときに役立つかも知れない.
 (3)ひとつの技術を極め,それを元に普遍性のある広い視野を
 技術協力を志す若い獣医師は,専門家としての「得意技」がなければ,相手の国の人々の信頼が得られないのは間違いない.浅い知識や技術であっても暫くは持つかもしれないが,相手と長い間付き合えば,ぼろが出てしまうのは間違いない.従って,1つの技術について専門家としての知識と技術を習得しておくことは重要である.
 発展途上国においても学位を持っているかどうかで,専門家に対する相手方の対応が違うことはよくあると聞く.また,留学制度を利用して欧米や日本の大学で学位を取得しているカウンターパートは意外と多いのが実態である.彼らと対等に仕事をするためにも,学位を取得しておくことは決して無駄ではない.また,学位を取得する段階で論理的な思考能力,さらに文章能力等は大いに鍛えられるので,海外での仕事をする際にも役立つ.
 しかし,一方では狭い分野の技術しか知らない「専門バカ」では,海外技術協力の仕事はできない.1つの技術を極めた上で,その「得意技」をベースにして,その周辺技術やそれを取り巻く産業構造まで興味を持ち視野を広げようとする努力も必要となる.
 (4)新しい技術協力の潮流を理解し,自分なりの戦略を
 畜産,とくに発展途上国における酪農,肉牛生産は,畦の野草,農業副産物の粗飼料利用などの地域の未利用資源の利用や堆肥生産による他の農業との連携等が可能であり,最近重要視されている村落開発や地域開発の重要なコンポーネントとなりうる.しかし,ODA全体が縮減傾向のある中で,それぞれの地域で畜産コンポーネントの重要性を主張するためには,最近のODAの潮流を理解してそれなり理論武装しておくことが必要である.
 これから海外技術協力を志す若い人は,技術そのものだけではなくて,最近のODAを巡るいろいろな動き(人間の安全保障重視,地球温暖化対策重視の傾向,支援現場のコンサルタント活用強化とその問題等)について興味を持ち,積極的に情報収集をして現状の流れを理解するとともに,できれば志を同じくする仲間とブレーンストーミングするなどして自分なりの意見を整理しておくことを薦めたい.
 (5)語学力,とりわけ英語力の鍛錬を
 海外技術協力では,当然,相手のカウンターパートとのコミュニケーションが重要である.できれば,その国の言葉でコミュニケーションできるに越したことはない.1つの国に長期間派遣されるのが保障されているのであれば,その国の言葉をしっかり習得することが必要であると思うが,実態はそうはいかない.
 そこで,やはり重要なのは英語によるコミュニケーション能力である.発展途上国の人々がすべて英語を話せるわけではないが,筆者の経験でも,中南米諸国やベトナム,インドネシアの多くのカウンターパートは英語が堪能で,仕事上は英語ですべて対応できた.
 但し,歳を取ってからの英語能力の向上は至難の業である.このことは,筆者自身,現在,鳥インフルエンザ関連の「ドナー会議」に出席してFAO,USAID等の専門家が話すネイティブ英語の聞き取りに苦労し,痛感している.若い獣医師の方々には,是非,まだ,「打てば響く」若いうちから語学能力の向上を目指して,地道な努力を続けて欲しい.

 7 終わりに
 筆者は今年で国家公務員人生30年目の節目を迎えた.今回,日本獣医師会からの要請でこの拙文をまとめたが,これまでの技術協力との関わりを振り返る良い機会となった.このような機会を与えていただいた日本獣医師会に感謝するとともに,この稿が将来海外での仕事に携わることを希望する若い獣医師に多少なりとも参考になれば幸いである.



【略 歴】
 1976年,鳥取大学農学部獣医学科卒業.1978年,同大学院修士課程を修了し,農林省(現,農林水産省)衛生課に獣医職として採用.1979年,日高種畜牧場衛生課へ配置換,1982年〜1985年,福島種畜牧場家畜人工妊娠課で受精卵移植技術の開発実用化業務に携わる.1984年,国際協力事業団(JICA,現,国際協力機構)の短期派遣専門家として3カ月南米パラグアイで受精卵移植技術を使った優良種畜生産の技術移転に従事.1985年,畜産局家畜生産課に異動し種畜牧場の管理業務に従事.1988年,家畜改良センター技術第一課長,以降,受精卵移植技術並びに畜産新技術の技術交流,セミナー参加で,米国,カナダ,ロシア,韓国,フランス,ウルグアイ等に派遣.1995年,東北大学で博士号取得後,畜産局家畜生産課に異動,畜産新技術等の実用化,普及のための各種事業を担当し,関連の補助事業の仕組みの見直し等に関与.1997年,家畜改良センター統括技術調整官,その後,企画調整室長,技術部長.その間に,JICAの畜産関係のプロジェクト(チリ,パナマ,パラグアイ,インドネシア)の基礎調査,中間及び最終評価等に参画.2001年,生産局畜産部畜産技術課首席畜産専門官を経て,2003年9月より2年間,JICAの「ベトナム牛人工授精技術向上プロジェクト」のチーフアドバイザーとしてプロジェクトの運営管理に従事.2005年11月より,インドネシア共和国農業省畜産総局の畜産開発政策アドバイザー(JICA個別派遣専門家)として同国の畜産行政施策等に対する助言,指導業務に従事し,その間に,鳥インフルエンザ,酪農,肉牛生産振興の技術協力及び無償資金協力の新規案件形成に関与し,現在に至る.



† 連絡責任者: 下平乙夫(Ministry of Agriculture, Directorate General of Livestock services)
Gedung C, Lantai VII Jl Harsono RM No.3 Pasar Minggu, Jakarta, Indonesia
TEL・FAX +62-(0)21-7827775
E-mail : shimohi@seagreen.ocn.ne.jpまたはshimohira@indo.net.id



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