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解説・報告


 6 繁殖技術の国際協力専門家として
 その後,長期・短期含めて1999年にカンボジア農林水産省に派遣されたのを始め,1999年から南米チリ「小規模酪農生産性改善計画」,2003年に中米ニカラグア,2004年にベトナム「牛人工授精技術向上計画」へと専門家として赴任し,2005年からは中米ニカラグアの「中小規模農家牧畜生産性向上計画」へ長期専門家として約3年間派遣された.
 ニカラグアでの業務は「繁殖技術」という指導分野の中で,ひとつは国立農科大学獣医学科のカウンターパートに受精卵移植技術を教えながら,受精卵移植ラボを立ち上げ,同大学に受精卵移植のシステムを構築するというものである.試験管ひとつなかったラボに必要機材を整備し,ドナーの過剰排卵から,採卵,受精卵の検査,凍結,移植までの全ての過程をカウンターパートができるようになり,この5月には初めての受精卵移植による産仔も誕生した(図4).
 もうひとつの業務は,モデル地域の現場において,パイロット農家,モニター農家に繁殖管理を教え,繁殖性の改善をするというもので,繁殖カレンダーを農民研修会で配布したり,繁殖記録の仕方や分娩管理の方法を教えたり,現場技術者に繁殖成績の算出方法を指導する事によって,繁殖成績がよくなっていった.また,現場の臨床獣医師を集めて,繁殖技術研修を行い,直腸検査方法や卵巣触診の仕方,繁殖記録の方法,妊娠鑑定,繁殖障害の診断・治療方法などひととおりの繁殖診断技術を指導した.プロジェクトは2010年まで続くが,任期中の3年間で上記技術を全てカウンターパート達に指導し,彼らだけで全てできるようになった.さらに技術の向上を目指し,より良い成果が得られるようにするのが残り2年間の課題となる.
 本原稿を書いている2008年5月,ニカラグアでの任期を終え,再び家畜改良センターで海外研修員の技術研修受け入れに携わっている.この仕事は,これまで私が海外で生活してきて,カウンターパートはじめ,現地の人々に助けられてきたことに対して,今度は日本に来た彼ら研修員達に(もちろん同じ人ではないが)恩返ししている気持ちで仕事に取り組んでいる.研修事業は途上国の人材育成の一端を担っており,非常にやりがいのある仕事である.

図4 国立農科大学で初めて生まれた受精卵移植産子の双子(ニカラグアにて,塩谷康生氏撮影)

図4 国立農科大学で初めて生まれた受精卵移植産子の双子(ニカラグアにて,塩谷康生氏撮影)

 7 今また海外に思う
 今まで述べてきたように,私は途上国の人たちを助けようなどと高い志があったわけではなかった.その時々の出会いや助けがあったおかげで,現在のように海外技術協力の仕事を15年以上も続けることになった.この間,一貫して受精卵移植技術を含めた牛の繁殖技術専門家として途上国の技術協力に携わってきた.受精卵移植をはじめとした繁殖技術は,牛の育種改良のための重要な技術のひとつであり,技術移転を通じて家畜の生産性を改善することによって,将来途上国の食糧増産に貢献できるものと期待している.そしてこれら技術を途上国に少しでも根付かせるために,これまで各々の国で現地の技術者たちに可能な限り私の持つ技術を教え,彼らを育て,途上国の国造りに携わってきた.
 冒頭で紹介した「日本カンボジア友愛畜産センター」の元カウンターパートに会った.カンボジア赴任中に訪問した農家で養鶏業を営んでおり,鶏の飼養管理や飼料給与など,当時の日本人専門家に習ったことを実践していた.国造りは人造り.畜産センターでの協力は終わっても,技術を習得し育った彼らは今も国造りに努力している.
 日本国内での獣医師の仕事は専門化,細分化が進んでいるが,海外では獣医療のみならず,畜産から農業全般に渡った広い知識が求められ,時には専門外の困難をひとり解決しなければならない事もある.これから途上国での仕事を目指す若い獣医師のみなさんにはぜひ獣医療のみではなく農業全般の広い知識を勉強し,何にでも興味を持って望む姿勢を養ってもらいたい.途上国にひとりでも多くの友人を作って,将来の日本との架け橋になるよう期待する.


【略 歴】
 1984年酪農学園大学獣医学科卒業.
 1986年同大学大学院修士課程修了.
 1986年から1988年まで国際協力事業団(JICA)青年海外協力隊獣医師隊員としてシリア・アラブ共和国農業省酪農公団ダラ牧場にて活動.
 1989年から1994年まで丸紅飼料株式会社中央研究所にて体外受精技術の研究開発と受精卵移植技術の事業化に従事
 1994年JICA短期専門家(受精卵移植)として「タイ国中部酪農開発計画」派遣.
1994年から1997年までJICA長期専門家(受精卵移植)として「インドネシア家畜繁殖バイテク実用化」派遣.
 1998年JICA二本松訓練所研修指導者として,海外集団研修(体外受精・双子生産,飼料生産,受精卵移植)コースを担当.
 1999年JICA短期専門家(家畜増産)としてカンボジア国農林水産省動物衛生生産局へ派遣.
 1999年から2002年まで「チリ国小規模酪農生産性改善計画」派遣.
 2003年から2005年までJICA二本松訓練所研修指導者として,農林水産省家畜改良センターにて海外集団研修を担当.
 その間,2003年JICA短期専門家(受精卵移植)としてニカラグア共和国国立農科大学獣医学科および2004年「ベトナム牛人工授精技術向上計画」へ派遣.
 2005年から2008年までJICA長期専門家として「ニカラグア国中小規模農家牧畜生産性向上計画」派遣.
 2008年から独立行政法人家畜改良センターにてJICA海外研修コース担当.



† 連絡責任者: 斉藤 聡((独)家畜改良センター企画調整部海外協力課)
〒961-8511 西白河郡西郷村大字小田倉字小田倉原1
TEL 0248-25-6163 FAX 0248-25-3990
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