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私の歩んだ野生動物救護活動(IV)
−福島県鳥獣保護センターの機能(野生復帰及び調査研究)−
昨年末,福島県鳥獣保護センターの取り組みが,TBS系列のドキュメンタリー番組である「夢の扉」の中で2週にわたって放映された.主な内容は頭部外傷で運び込まれた子ギツネの治療から野生復帰訓練で,6カ月間もロケをした割には野生動物医学研究や環境科学的な活動が編集段階でほとんどカットされてしまい,私としては不満の残るものだった.ただし,「麗ちゃん」と名づけられた子ギツネの映像は,感動的で多くの視聴者が目頭を押さえたことと思われる. 野生復帰訓練で,よく質問されるのが,赤ちゃんで運ばれてきた動物の人馴れの問題である.抱っこして哺乳するなど,なるべくスキンシップを心がけることが大切で(図1,2),うちの家内などはエプロンのポケットに子ダヌキを入れて,カンガルーみたいにして歩いている.経験的ではあるが,スキンシップが多ければ多いほど,育つ確率が高くなり,しかも子別れ,親離れがスムーズにいくという結果が出ている.逆に,スキンシップが疎かになると,いつまでも精神的に独立しないタヌキやキツネになってしまうことが間々見受けられる.例えば,一時に幼獣がどっと運び込まれてきたような時は,どうしても一匹一匹にかける時間が少なくなり,8月から9月頃の離乳期に躓いてしまうことがある.「夢の扉」をご覧になった方は,野生復帰訓練所に放された瞬間の麗ちゃんの変わりよう,人を拒む野性の眼に驚かれたことだと思う.訓練所に放される前日まで,体を触らせ,甘噛みをしていた子ギツネが一瞬して若ギツネに変身するのである. こういう経験の積み重ねから,福島県鳥獣保護センターでは幼獣が運ばれてくると,スタッフの中から母親役が選ばれる.勿論,夜もアパートに持ち帰って世話をしなければならない.ただし,大家さんやアパートの隣人には内緒の話だ.勤務が終わって,キャリーケージにいれた赤ちゃんの動物とミルク缶を車に積み込むスタッフの姿を見ていると頼もしいと思う反面,最近の若いスタッフはスキンシップの仕方がぎこちないというか,一線を越えないクールさというか,昔とはちょっと違うとついつい愚痴をこぼしたくなってしまう.私の友人で,山形で野生動物保護管理の仕事をしている東 英生氏は,子ザルと一緒に寝ていたところ,急に息苦しく思って目を覚ましたら,何と,鼻の穴の中に「ウンチ」を詰め込まれていたという嘘みたいな話を自慢げにしている.私だって負けていない.ハクビシンの赤ちゃんがやって来て,髭の上にふんをされたなんて経験はざらである.季節になるとシーツと枕カバーは「ウンチ」と「オシッコ」で染みだらけである.柱の傷はムササビとリスが齧った跡,掃除をすると鴨居からふんがパラパラと落ちてくる始末である.ウンチまみれになることがスキンシップの全てであるとは言うつもりはないが,今の若い人が,コミュニケーションがヘタなのは,とくに団塊の世代以降,親子のスキンシップが足りないからではないかとついつい勘ぐってしまう.そんなことを言うと,嫌味な年寄りだと言われかねないのでこの問題はこのくらいにしておこう. |
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救護で大切なのは,獣医師やスタッフと収容動物とのかかわり方を常に整理しながら,業務を行っていくことである.それは幼動物とのかかわり方だけではなく,例えば大きな苦痛や死が不可避である動物の安楽死問題も基本的には同じである.野生動物救護に携わって四半世紀,自分なりには整理してきたつもりではあるが,もっと客観期な基準を設ける必要性から,福島県主催で鳥獣保護センター運営検討委員会が開催されることになった.第1回が平成18年1月,それ以降4回の検討委員会が開かれ,平成19年12月に福島県生活環境部長に対して検討結果の提言が行われた.提言書のなかで,保護センターの役割が大きく4つの機能に整理された.
一つ目は(1)野生復帰機能,これは従来と同じ活動を目指すものであるが,とくに[1]社団法人福島県獣医師会が行っている福島県野生動物救急救命医(ERドクター)制度における医療技術面の推進(平成20年度から県獣との協働でカルテの規格化及び医療技術情報の提供などの事業が開始された) [2]傷病野生動物の搬送体制の充実(搬送体制については第1回と2回の検討結果を受けて,すでに平成19年度から体制の大幅見直しが行われ,その結果NPO法人ふくしまワイルドライフ市民&科学者フォーラムに対し平日搬送の業務委託が行われている) [3]野生復帰が不能な個体への取り扱いの検討.この第[3]項目について,「動物福祉」という言葉が明確に使われることになった.それは第1回検討委員会からメンバーに,日本動物福祉協会の山口千津子獣医師に参加をいただき,野生動物の福祉について議論を重ねてきた結果である.まず,救護対象を「傷病野生動物はもちろんのこと,困難に遭遇している野生動物」と定義し,次に救護の過程において,「回復しても後遺障害が著しい場合や,回復が見込めない場合には,動物福祉の観点から終生飼養や安楽死を選択する.さらに終生飼養については保護センターが長年に渡って培ってきた知識や技術を基に,さらに動物福祉の観点も踏まえ,動物種ごとに適否を検討する」という内容である.要するに,「命を救う」ということを第一義に活動をしてきた獣医師が,人間の飼養管理下におくことによって生じる野生動物福祉上の問題を常に明確にし,また安楽死を陰の部分として捉えるのではなく,必要な業務として位置づけなさいということである.実は,この第[3]項目について検討を進めるにつれて,心に重くのしかかってきた問題がある.安楽死の基準或いは終生飼養の適否については歴史的に積み重ねてきた知見がある.これをさらに様々な事例の中で進化させていくことの必要性も十分に理解しているつもりである.問題なのは,「人間の飼養管理下におくことによって生じる野生動物福祉上の問題を常に明確にし」という点である.人間の活動が原因で傷病状態に陥ったものは,おおよそ全救護数の90〜95%である.さらに救護されることで人間の飼養管理下におかれる.ここで,動物福祉上不適切な方法或いは環境で治療や野生復帰訓練が行われれば,野生動物にとっては人間から重ねて危害を被ることになる.野生動物救護に携わる以上,当たり前のことであるが,施設,予算,スタッフについてはただ文句を言っていても何も始まらない.常に限界を突破する心構えで努力をし続けなければならない.この原稿を書いている間も,スタッフが挽くノコギリの音や金槌を打つ音が聞こえてくる.野生復帰訓練場の多くが,私たちの手作りである.資材もいろいろなところから調達するしかない.昨年末,野生化したミンクが訓練場に侵入し,キジバトとチョウゲンボウが襲われた.無念であり,悔やんでも悔やみきれない.米国のPAWSワイルドライフセンターではケア・テイカーという職種がある.要するに,救護施設の大工さんである. |