|
4 ジュニア専門員 この制度は協力隊やNGO等で,途上国での協力活動経験を2年以上有する若手に国内外での研修機会を原則3年間与えるというものである.JICA直属の技術協力専門家集団である国際協力専門員というステータスがそもそもあり,それにならった研修制度といった按配である.協力隊同様,こちらも年2回の出願機会があり,ロンドンの大学院が終わり帰国してからすぐに働き始められるようにタイミングをはかり,博士課程の3年目後半に出願した.当時,JICAのウェブサイトには今後開始予定の技術協力プロジェクトに関する情報が公開されていた.家畜衛生案件もいくつかあったので,この制度のもとでそうしたプロジェクトの専門家として働く道を得ようと考えた.一次は書類選考であったが二次の面接試問は東京で行われたため,博士論文執筆の合間を縫って3日間だけ日本に戻った.実用英語技能検定1級の二次面接試験も合わせて受験し(一次は英国内で受験),合格したのでコストパフォーマンスの優れた渡航になった.出願に当たっては,協力隊当時にお世話になったJICA職員の方から「海外派遣に関しては,ジュニア専門員の希望は基本的に尊重されるが,その時々で各人に適した案件があるかどうかという,マッチングの問題は存在しうる.英国の博士号を目指そうという貴兄にとり良いかどうか.いずれ正規の専門家として声がかかるだろう.十分検討の上,出願の是非を決めるのが望ましい」との助言を得た.とはいえ,声をかけていただけるにせよ先の話であるし,それまでの生活費の当てがない.しばらく待つよりも真摯に働く姿をJICA本部内で見てもらう方が,先方の覚えもめでたくなり,自分の希望する仕事内容での派遣につながりやすいだろうと考えた. 合格後,国内研修としてJICA本部の一部門である農村開発部で働き始めると,ジュニア専門員の間は何らかの仕事の機会をもらえるのだろうが,もはや家畜衛生分野の狭い専門性のみを有するというのでは,その先は難しいと悟った.そもそも,そうした専門家が必要ならば,何も学位取りたての私でなくとも家畜衛生関連の大学や診断研究機関のベテランに依頼すれば済む話である.働き始めてまもなく,改良普及員資格を取得した.また,しばらくしてスペイン語検定を受験し,中級レベルに合格した.これらは「専門性は無論,奥行きが深いが並行して間口を広げる努力もしている」というアピールのためである.とはいえ,家畜衛生分野で疫学についての仕事ができるのに越したことはない.そこで,近々開始予定だが内容は依然詰め切ってはおらず,柔軟な変更が期待できるプロジェクト一つに絞り,品位を欠かぬよう気を付けながら関係者に攻勢をかけることにした.まずは,途上国での疫学調査の実施や疫学の概念自体の普及がJICA現行方針に沿い,世界的な援助潮流にも合致するとしてアプローチし始めた.具体的には,現行方針のもとでは家畜衛生分野の案件も従来型の「診断技術改善」という高位診断ラボで成果が止まりがちな協力形態ではなく,より末端(生産者,一般市民)に効果をもたらすための積極的な施策が必要と考えられるが,その実現に向けては,ラボと末端をつなぐパイプ役として疫学調査の専門性を有する人材を投入すれば成功の可能性をより高められる,と続けた. JICA本部での働きぶりを評価していただけたようで,1年半の国内研修後に現在従事している「広域協力を通じた南米南部家畜衛生改善のための人材育成プロジェクト」(http://provetsur.net/)の長期専門家として,アルゼンチンで働いている.広域の名の通り,ボリビア,パラグアイ及びウルグアイという周辺3カ国をも対象にしたプロジェクトである.関係者の絶対数が多いゆえのコミュニケーションの不足や偏在等の課題はあるが,しだいに改善されてきており,そろそろ中間評価の時期を迎えようとしている.従来の協力手法である「診断技術改善」それ自体は本案件の目的ではなく手段と捉えている.疫学調査を実施する中で,改善された診断法を実践し,それを通じて各国の若手獣医学部教官,家畜衛生診断ラボ職員,フィールド獣医師のスキルアップを図ることをねらいとしている.私は調査研究の入口と出口,すなわち疫学の考え方に基づく研究計画策定と診断データの解析による情報の構築を担っている.調査研究の中ほど,すなわち診断技術の改善指導は基本的にアルゼンチン国立ラプラタ大学獣医学部教授陣が担当し,これまで日本から指導を受けてきた側から,近隣国を指導する側に回り,国際社会にお返しをするという「南南協力」の形式で実施している特徴を持つ.従来の協力形態からの変化に対し,ラプラタ大学の先生方に当初は戸惑いもあったが,援助戦略的な進化の過程なのだと,理解いただけるように言葉を尽くした.ボリビアの狂犬病ワクチン接種キャンペーンに関する,政策担当者の意思決定に資する疫学情報作成,パラグアイのフィールドにおける鶏ガンボロ病ワクチン至適投与時期の確率論的推定,ウルグアイの牛伝染性鼻気管炎,牛ウイルス性下痢―粘膜病疫学調査に係るメタ・アナリシス等,多様な成果が出てきている.
|
|||
5 お わ り に 2008年1月にジュニア専門員の身分が任期満了により解嘱となった.JICA専門家としては1年の契約延長が認められ,引き続き業務に従事している.現在のプロジェクト自体は2010年まで実施予定であり,まもなく行われる中間評価しだいで私のさらなる延長の是非も決まるのであろう.若手としての支援を受け,育ててもらえる時期が終わった今,これからが国際協力ないし獣医疫学の分野で生き残れるかどうかの正念場だと思われる.今後は日本国内での活動の場も画策し,獣医疫学の普及や人材育成に本領発揮したいと考えている. |
|||
略 歴 1994年獣医師免許取得後,札幌市動物管理センター指導係採用.1997年同退職後,青年海外協力隊獣医師隊員としてサモアAnimal Protection Societyにて活動.2000年帰国し動物病院勤務を経て,2001年JICA海外長期研修員として英国ロンドン大学Royal Veterinary Collegeにて疫学を専攻し後にPhDを取得.同研修中にJICAベトナム国立獣医学研究所強化計画客員として同国酪農開発計画に係る野外調査を実施.2004年帰国しJICAジュニア専門員として農村開発部に勤務,中南米諸国の獣医畜産案件等を担当.2006年よりアルゼンチン「広域協力を通じた南米南部家畜衛生改善のための人材育成プロジェクト」長期専門家として活動.近著(主著のみ列挙)に「Rabies-vaccination coverage and profiles of the owned-dog population in Santa Cruz de la Sierra, Bolivia. Zoonoses and Public Health (2008), 55, 177-183」,「Antibody seroprevalences against rabies in dogs vaccinated under field conditions in Bolivia. Tropical Animal Health and Production (in press)」及び「Antibody response to an anti-rabies vaccine in a dog population under field conditions in Bolivia. Zoonoses and Public Health (in press)」. |
† 連絡責任者: | 鈴木邦昭(アルゼンチン国立ラプラタ大学獣医学部) PROVETSUR, Facultad de Ciencias Veterinarias, Universidad Nacional de La Plata, 60 y 118, CC296, La Plata, B1900AVW, Argentina TEL +54 221 425 3276 FAX +54 221 425 3276 E-mail : pvs@provetsur.net |
![]() |