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解説・報告

私の歩んだ野生動物救護活動(II)
−第8回日本野生動物医学会大会の開催−

溝口俊夫 (福島県野生動物専門員,福島県鳥獣保護センター参与)

 一向に増えない鳥獣保護センターの予算と人員.県の担当者によれば,「保護センターが頑張っていることは分かるが,救うことだけでは行政的な意義が弱い」という理由である.
 確かに,命を救うことを生業にしている獣医師にとっては,傷ついたり,病気の動物を目の当たりにすれば,ペットだろうと野生動物だろうと,救うのは当たり前の行為である.ところが,社会的にみると,傷病野生動物を救うことに必ずしも賛同する人ばかりではないと言うのである.何が問題なのか.野生動物救護には,大きく分けて3つの機能があると考えられる.一つは,命を救う,命を尊ぶというヒューマニズムの機能である.他の二つは生物多様性の保全という環境科学的な機能,そして環境モニタリングという野生動物医学的な機能である.言われてみれば,命を救うという機能ばかりが前面に出ているように見えているのかもしれない.ほとんどの県民の賛同を得るためには,野生動物救護のもつ様々な機能をもっとアピールしていく必要があると痛感した.そんな矢先に,第8回日本野生動物医学会大会(平成14年度)を保護センターで開催するという話が持ち上がったのである.
 これは大きなチャンスである.しかし,開催には余りにも大きな難関がある.獣医師である私と,臨時職員2名の超零細施設である福島県鳥獣保護センターが,300〜400名規模の大きな大会を数日に渡って開催することは,事務能力からしてもほとんど不可能に近い話である.迷いと不安が心の中に広がった.しかし,このチャンスを逃したら,本当の野生動物救護の姿を理解してもらえる機会はそうは巡ってはこないだろう.これは,当たって砕けるしかない.保護センターを所管している福島県環境政策室長の落合良二氏(現NPO法人ふくしまワイルドライフ市民&科学者フォーラム理事長)にまず相談を持ちかけた.
 「おやりになったら,どうですか」と意外とも言える落ち着いた声に,救われる思いがした.しかも,福島県の後援やスタッフの派遣を検討してくれるというのである.有難かった.できるかもしれないという期待が湧き起こってきた.次は,福島県獣医師会だ.獣医師会が賛成してくれれば地元で実行委員会を立ち上げることができる.理事・支部長会議の席上で切り出した.当時の会長は鈴木兵一先生,副会長が阿部栄夫先生,そして事務局長が坂本禮三先生(現福島県獣医師会長)である.やがて,「何とかしてやろうじゃないか」という会場の空気が読み取れた.温かさが伝わってきた.これまで孤軍奮闘してきたと思い込んできたけれど,福島県はちゃんと保護センターを見守ってくれていたのだという思いが,胸の中に熱く広がってきた.実行委員長を鈴木会長が引き受けてくれることになった.不安が,使命感に変わった.
 残るは,会場の問題である.鳥獣保護センターがある森林公園にはコテージなどの宿泊施設はあるが,とても300〜400名規模でメインの会議や交流会を開ける施設や設備はない.保護センターから車で15分ほどのところに,岳温泉がある.そこの観光協会の会長で,ホテル陽日の郷の社長である鈴木安一氏に協力を依頼したところ,大ホールを無料で貸与いただき,併せてレセプション・パーティーも引き受けてもらえることになった.さらに保護センターとホテルの間の送迎バスも無料で運行されるという.これで受け入れの体制が整った.次は,予算と大会プログラムの問題である.予算については,身銭を切る覚悟は最初からできていた.
 平成12年12月,上野動物園会議室で野生動物医学会の理事会が開かれた.私は言った.「福島でお引き受けできると思います」一瞬,静寂があったように感じられた.高橋 貢会長(当時,麻布獣医科大学教授)が口を開いた.「福島大会に少しでも予算を回せるよう考えましょう」と大会準備金のほかに,学術交流費が予算化された.大会まで,後1年半のことだった.理事会の帰り道,高橋会長に声をかけた.大会長をお願いするつもりだった.ところが,意外な答えが返ってきた.「溝口先生が,大会長をおやりになればいいのでは」.もう後戻りはできないと感じた.福島に帰る新幹線のなかで,新たな不安が湧き起こってきた.
 こうして当初の予想を遥かに超えたスピードで大会開催の体制が整っていった.大会プログラムでは羽山伸一先生(現日本獣医生命科学大学准教授)に相談を持ちかけた.平成14年1月26日〜27日,福島県鳥獣保護センターで野生動物救護プロジェクト会議が開催された.野生動物救護の分野だけではなく,環境教育や森林教育,動物園,NPO,グラフィック・デザイナーなど多様な分野の人たちが集まり,大会プログラムが企画された.プロジェクト・メンバーは次の通りである(敬称略,五十音順,所属はプロジェクト会議開催時のもの).阿部栄夫氏((社)福島県獣医師会,日本小動物獣医師会),植松一良氏(野生動物救護獣医師会),大槻晃太氏(福島県生活環境部),大野正人氏((財)日本自然保護協会),黒沢信道氏(野生動物救護研究会),熊谷さとし氏(ワイルドライフ・グラフィック・デザイナー),杉山 誠氏(岐阜大学農学部獣医学科),富田洋子氏(ふくしまワイルドライフ・レスキュー・サポーターズ),羽山
伸一氏(WRコーディネーター,日本獣医畜産大学),溝口俊夫(WRプロデューサー,福島県鳥獣保護センター),宮下 実氏(WR国際交流コーディネーター,大阪市立天王寺動植物公園),山本信次氏(岩手大学農学部),山本茂行氏(富山市ファミリーパーク).大会テーマは,「市民協働や環境教育を通して,野生動物救護のゴールに何が見えるか」に決まった.今考えても,大会テーマの意味は大きかった.少なくとも,野生動物救護そのものは,ゴールではない.大切なのは,救護活動の先に,どのような社会を作りたいのかというビジョンを示す必要があるということである.実は,このプロジェクト会議で議論された内容こそが,現在の「福島県鳥獣保護センターの8つの使命」(図1)が生まれる契機となり,「命を救う文化」という言葉や,エコロードのデザインへの参加,環境モニタリングのためのサンプルライブラリーづくり,GIS(地理情報システム)を使ったクマ問題へのアプローチなど,今行っている様々な活動の出発点となった.
  図1 福島県鳥獣保護センターにおける8つのミッション

図1 福島県鳥獣保護センターにおける8つのミッション
 


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