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論  説

 4 定着した外来生物対策の考え方
 定着した外来生物が生態系等へ影響を与えていることが明らか,あるいはそのおそれが高い場合には,対象となる外来生物を生態系から除去する必要がある.ただし,外来生物対策は,健全な生態系をとりもどすための取り組みであり,外来生物を悪者とし排除することそのものが目的であってはならない.
 外来生物を生態系から除去するにあたっては,むやみな捕獲は避け,科学的かつ計画的に実施すべきである.また,対象となる動物が外来生物法の特定外来生物に指定されている場合には,法定計画である防除実施計画を策定して対応する必要があり,獣医師及び獣医師会は積極的にその策定に関与すべきである.
 これは,無計画な捕獲では効果的な個体数の減少につながらず,問題解決を長引かせるばかりか,捕獲された動物の生命を無駄に奪い続ける可能性が高いからである.計画的な捕獲では,一時的に多くの生命が失われることがあっても,長期的にはもっとも処分される個体数が少ないことが,これまでの多くの外来生物対策で明らかとなっている.動物の生命を尊重する立場からも,対策は科学的計画的にすすめる必要がある.
 生態系等に影響のある外来生物を生態系から除去する場合において,動物を殺処分する必要がある場合は,原則として専門的な知識及び技能をもつ獣医師が行うべきである.この際には可能な限り動物に苦痛を与えない人道的な方法を選択すべきであり,本委員会では,こうした考え方に基づく動物の殺処分を「安楽殺処分(humane killing)」と定義した.
 また,「特定外来生物の安楽殺処分に関する指針」(報告書付属資料1)を取りまとめ,公表した.これは,各地で特定外来生物の防除が進む中で,必ずしも人道的な方法によって殺処分が行われていない実態や,わが国には野生動物を対象とした処分方法の基準が存在しない等の課題に,すみやかに対応すべく暫定的に策定したものである.
 したがって,本指針では,既存文献等で知られている野生動物の処分方法のうち,非人道的な手法として使用を認めないものを定め,また安楽殺処分の方法としてもっとも推奨されるものを第1選択肢として提示するにとどめてある.今後,新たな知見や防除に関わる人的及び予算的な状況の変化に応じて,この指針は常に見直されるべき性質のものである.

 5 今後の課題
 新たな外来生物問題を生み出さないためにも,外来生物法をはじめとする関係法令を一層整備するとともに,実施体制の充実・強化について,今後もさらに検討を進める必要がある.
 委員会では外来生物の法制度及び体制の整備に関わる問題を検討及び精査し,本報告書で特に今後の検討が必要な13項目について指摘した.これらは国レベルあるいは地域レベルでそれぞれ関係者による検討が必要であるため,各獣医師会による働きかけを期待する.
 ここでは,これらの検討項目のうち,著者がとくに重要と考える体制整備に関わる課題について,私見を述べておきたい.
 外来生物対策は,家庭動物,産業動物,野生動物等あらゆる動物に関わり,また生態系影響の問題にとどまらず,公衆衛生及び家畜衛生の観点からも重要である.これらをすべて網羅する学問領域や職域は,獣医学及び獣医師をおいて他にはなく,だからこそ日本獣医師会として本対策についての基本的な考え方を発信する必要があると理解している.
 したがって,外来生物対策の実施体制においては,とくに行政における獣医師職員が主要な役割を果たすことが期待されている.実際,外来生物対策の主務は環境行政が担当しているものの,近年ではこの分野への獣医師の進出がめざましい.また,一次産業被害にかかる問題は,農林水産行政が担当することとされているため,獣医師職員の活躍が期待される分野となっている.
 さらに,外来生物対策で欠かすことのできない動物取り扱い業の規制や家庭動物の適正飼養等にかかる問題は,環境省が所管する動物愛護管理法で対応されているが,公衆衛生行政が実務を担当しているのが実情であり,一部の自治体では保健所や動物管理センター等の獣医師職員が活躍している.
 このように,動物に関わる外来生物対策の現場の多くは,獣医師職員が直接あるいは間接に関与している状況にあり,獣医師職員や獣医師会によって各施策の連携が図られれば,より効果的な対策が展開できるはずである.実際,大阪府では,アライグマ対策をきっかけとして,家庭動物,畜産動物,野生動物等,動物行政を一元化する体制となった.
 しかし,残念ながら多くの地域では,実際に捕獲された動物や被害者等がたらいまわしにされるケースは枚挙にいとまがないのが実態である.獣医師職員及び獣医師会は,このような状況を一刻も早く改善し,外来生物対策を主導的に行って行かなければ,動物の専門家としての信頼を失墜させる結果になりかねないと考える.
 このような状況を打開するには,関係法令の改正等により,国及び自治体における関連分野の獣医師職員が連携して対策に当たる仕組みを整備することは当然であるが,一方で,獣医師職員及び獣医師会は,外来生物対策が新たな獣医師の職域であることを積極的に社会へ表明してゆくべきであると考える.
 さいごに,報告書を取りまとめるにあたり尽力をいただいた,日本獣医師会の野生動物委員会及び事務局,ならびにオブザーバー出席いただいた環境省庁係官のみなさまに対し,心より謝意を表したい.

参 考 文 献
羽山伸一:野生動物問題,地人書館(2001)
羽山伸一:移入種はなぜ問題なのか,ヒトと動物の関係学会誌,12,37-44(2002)
日本生態学会編:外来種ハンドブック,地人書館(2002)
羽山伸一:外来種対策のための動物福祉政策について,環境と公害,33,29-35(2003)
日本自然保護協会編:生態学からみた野生生物の保護と法律,講談社サイエンティフィック(2003)
羽山伸一:外来種対策元年,森林文化協会編「森林環境2005」,築地書館(2005)
(社)日本獣医師会:日本獣医師会小動物臨床部会野生動物委員会報告「外来生物に対する対策の考え方」,http://ippan.nichiju.or.jp/info/191003-1.pdf(2007)


† 連絡責任者: 羽山伸一(日本獣医生命科学大学獣医学部獣医学科野生動物学教室)
〒180-8602 武蔵野市境南町1-7-1
TEL 0422-31-4151 FAX 0422-33-2094


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