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論  説

外来生物問題とその対策への提言
−野生動物委員会における検討結果報告−

羽山伸一 (日本獣医師会野生動物委員会委員長・日本獣医生命科学大学獣医学部准教授)

羽山伸一 1 は じ め に
 近年,アライグマ等の外来生物が,農作物や住宅へ被害をもたらすだけではなく生態系に深刻な影響を与えるとともに,感染症の媒介が懸念されるようになってきている.
  このような外来生物に起因する問題の多くは,飼育されていた外来生物の遺棄又は逸走に起因するものであり,獣医師及び獣医師の組織する公益法人としての獣医師会は,飼育動物に関わる専門職業集団として外来生物問題の解決に向け,社会的道義的責任を果たす必要がある.それは,外来生物に係る課題や危険性等について,専門的立場から科学的に説明し,行動できるのは獣医師に他ならないからである.獣医師及び獣医師会は,その知識及び技能をもって外来生物対策に積極的に取り組むことが求められる.
 さらに,外来生物問題が国民的課題となりつつある今日,日本獣医師会には関係省庁,関係学会,関係団体等と連携・協力しつつ問題解決に向け主導的役割を果たすことが期待されている.そこで,日本獣医師会は,著者が委員長を務める野生動物委員会で,外来生物対策の基本的な考え方や具体的な対策手法について検討し,提言をまとめることにした.
 本稿では,野生動物委員会での検討結果の概要を紹介するとともに,早急に獣医師会として対応すべき課題について著者の考えを述べたい.なお,本委員会報告書「外来生物に対する対策の考え方」は,日本獣医師会のホームページで全文が公開されているので,参照願いたい.

 2 外来生物とその影響
 野生生物は,気候や地形等の条件によって,生息できる地域が制限され,地域ごとに特色をもった生態系が形づくられているが,各地域に固有の生物を「在来生物(在来種)」という.
 一方,野生生物の本来の移動能力を超えて,意図的・非意図的に関わらず人間によって移動させられた生物を「外来生物(外来種,移入種)」という.たとえ同一の在来生物が分布する地域であっても,その生物の移動能力を超えて人為的に移動させられた場合は,外来生物となる.また,人間の管理下にある家畜化された動物についても,生態系に持ち込まれた場合には外来生物となる.
 外来生物は,知られているだけでも国内に2,000種以上が定着し,すでに生態系や農作物等に被害を及ぼしているものも少なからずいる.
 現在までに明らかにされている外来生物に起因する問題を列記すると次のとおりであるが,なかでも深刻なのは,外来生物により在来生物が絶滅することだ.特に,島嶼における野生生物の絶滅原因の約半数が外来生物による影響と考えられているため,わが国のような島国における外来生物対策は,生物の多様性を保全する上で,きわめて重要な課題である.
(1)捕食・競合による在来生物への影響
 例:マングース,イエネコ,アライグマ等
(2)植生の破壊
 例:ヤギ,イエウサギ等
(3)遺伝的なかく乱
 例:タイワンザル,アカゲザル,外国産クワガタムシ等
(4)農林水産業への被害
 例:外来雑草,ブラックバス等
(5)生活環境・人身への被害
 例:アライグマ等
(6)感染症の媒介
 例:イエネコからFIV(ネコ免疫不全ウイルス)のツシマヤマネコへの感染等

 3 外来生物に対する考え方
 このような外来生物による生態系等への影響は,輸送手段(航空機や船舶等)の大型化や経済のグローバル化等によって,地球規模に拡大し,また深刻化しつつある.1992年に締結された生物多様性条約では,外来生物への対策が締約国に求められている.
 わが国では,外来生物の対策を進めるために,特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律(平成16年6月2日法律第78号,以下「外来生物法」という)が制定された.外来生物法では,生態系に深刻な被害を及ぼしているか,あるいは及ぼすおそれのあるものを「特定外来生物」として指定し,輸入,飼育,販売,放逐等を厳しく制限することとなった.
 もっとも,外来生物法では,明治期以降に国外より導入されたことが明らかな野生生物の中から特定外来生物を指定することとなった.つまり外来生物法のもとでは,国内移動によるもの及び江戸期以前に持ち込まれた外来生物種や家畜種は法規制の対象外とされた.
 しかし,外来生物法で規制されない外来生物でも,深刻な影響が発生しているため,外来生物に起因する問題の解決に向けての基本的な考え方を示す必要がある.そこで,委員会では,対策の対象となる外来生物を,その由来により3種類に大別した上で,それぞれの取扱に関する考え方をまとめることとした.
 なお,獣医師が本問題の対策に直接的に関わる場合,その対象が動物,主に哺乳類,鳥類及び爬虫類となることから,ここでは原則としてこれらに限定して記述した.
 (1)野生動物由来外来生物
 これは,飼育されていた野生動物が遺棄または逸走によって再野生化したもので,現在大きな問題となっているアライグマ等がこれにあたる.
 委員会では,このような外来生物による生態系等への影響の有無に関わらず,原則として一般の家庭では野生動物を飼育すべきではないと結論付けた.それは,一般家庭において野生動物の生態に適した飼育環境や飼育技術を提供することは困難であり,動物福祉の観点からも望ましくないからである.
 多くの野生動物がペットショップの店頭で販売されている現状を考えると,このような提言を実現させることは困難かもしれないが,第2,第3のアライグマを生み出さないためにも,日本獣医師会がこのような宣言をすることは大きな意味を持つと考えた.
 (2)家畜由来外来生物
 これは,家庭動物を含む家畜が遺棄または逸走によって野生化したもので,イエネコやヤギ等がこれにあたる.
 家畜を適正に飼育管理することは当然のことではあるが,殊に希少野生生物が生息するような地域では,不必要な繁殖を制限するための不妊処置やマイクロチップによる個体識別(登録)の普及等もあわせて必要である.これは,こうした地域で家畜が野生化すると,生態系へ大きな影響を与えるおそれが高いからだ.
 (3)国内移動による外来生物
 これは,在来生物である野生動物が,その移動能力を超えて人為的に移動されて野生化したものである.
 わが国は,複数の動物地理区にまたがり,多くの島嶼で構成されるため,地域的に固有の生物相や固有種(または固有の遺伝子集団)の存在が知られている.したがって,在来生物といえども,みだりに本来の生息域以外に移動させてはならない.例えば,日常的に獣医師の活動に関わりがある野生動物救護では,救護個体を野生復帰させる場合,原則として救護地点付近で放つ必要がある.


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