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 4 日本での生活
  日本獣医師会会誌の読者の方で,いわゆる失業保険をもらったことのある人はそれほどいないのではないだろうか.ハローワークに足を運ぶというのは最初のうちかなり緊張するものである.
 私はJICAの公募を見つけては応募し,合格すれば2年程度の契約により派遣されるという形で食いつないできた.英語で「フリーランスの獣医師」と表現するとかっこいいらしいが,何のことはない「ちょっと体のいいアルバイト」の繰り返しである.契約の谷間は失業者であり,子供に仕事の心配をされるありさまである.昔サーフィンをしていたことがあり,ひどく下手なサーファーだったが,今も次の仕事探しという波に乗る技は上達していない.技術協力専門家を長くやっているのならいざ知らず,私のような低空飛行では,契約終了後の失業,子供の教育と学費,老後の収入など,まじめに考え出せばきりが無い.
 海外生活が偉いとは思っていないが,日本にいては気がつかないこともあり,多くのことを勉強させてもらっているような気がする.こうした経験を少しでも日本の社会に還元しようと,元協力隊員の妻と企画したのが「親子で参加,世界を聞こう,見よう,食べよう」である.子供たちに少しでも海外に目を向けてもらおうと,静岡県の片田舎で開発途上国の紹介をしている.JICA関係で各国に派遣された人,南極で活躍した人,商社マンの婦人,海外からの留学生などに講師になってもらい,文字通り各国の話を聞き,写真や映像を見て,料理を食べ,楽器の演奏を聴き,民族衣装を着るといった取り組みだ.講師の交通費や雑費など持ち出しであり,海外で税金を使わせてもらっているばかりではなく,ちょっとだけ日本の社会にも還元している.
 と,偉そうに書いたが,僕が関わったのは数回で,ほとんどは妻がやっている.

 5 マラウイのプロジェクトで活動中
  現在,ウォーム・ハート・オブ・アフリカと呼ばれる国,マラウイに2回目の赴任で5年目を迎えた.JICAマラウイ事務所のフィールド調整員という肩書きで,「農民人工授精師養成計画」という,協力隊のプロジェクトを担当している.プロジェクトは5年間に100人の農民に牛の人工授精研修に参加してもらい,これら農民人工授精師を協力隊などのボランティアが現場で技術支援をしたり,人工授精業務実施体制の強化にむけた協力をする計画である.人工授精はもはや当たり前以前のものとなっている日本と違い,マラウイで人工授精を普及させていくのは大きな挑戦である.僕の仕事はプロジェクト全体の運営管理や取りまとめとボランティアへの支援…というより,プロジェクト運営上の問題の尻拭いや雑用といったほうが的を射ている.
 最初の2年は単身赴任であったが,今は妻と2人の子供も一緒にマラウイで暮らしている.現在48歳.マラウイの牛の乳量や体重が増え―僕自身の体重は減るといいのだが―数年後には農家の栄養改善や収入向上といった,それらしい目標が達成できることを夢見ている.
マラウイ国で牛の直腸検査の指導をする著者
マラウイ国で牛の直腸検査の指導をする著者
 6 さ い ご に
  一時帰国などで日本に帰ってくると「大変なお仕事ですね」と,感動とも,ねぎらいとも,皮肉ともとれる言葉をかけていただき恐縮している.実際のところ多くの日本人とは質の違う問題に遭遇している.そのひとつは伝染病,食糧,教育,犯罪などといった現地の事情であり,アフリカで生活するだけで精一杯といったところがある.もうひとつは,日本人としては怠け者の僕がみても「もうちょっとやる気を出そうよ!」と思うような,相手側の仕事への取り組み姿勢だったりする.このような状況では計画通りに事が進むことは稀である.しかし,計画通りに事が進むような国であるならば,僕のような者が国際協力にかかわる必要は無いのである.
 開発途上国といっても,本当に援助が必要なの? と思うような国から,戦争や旱魃で死者が多数いるような国まで様々である.国際機関により貧困などについての様々な指標が出されており,そうした指標の話は専門の方々にお任せするとして,僕個人としては地球上のどこに住んでいる人も,お腹いっぱい食べられて,小学校ぐらいは卒業できるようになるといいなあと思っている.
 畜産は国際協力の分野では注目度も低いし,華やかな脚光も浴びない.時として過放牧による砂漠化や地球温暖化の犯人として責められたり,牛乳有害説などで肩身の狭い思いをしたりすることもある.ただ,それでも自分が歩んできた道の知識や経験が少しでも開発途上国と呼ばれる国の人々のお役に立てればと思う.それが農業共済組合を辞するときに「やめないでくれ」と嘆願書を書いてくれた農家の方々への答えのひとつだと思う.
 僕のこれまでの活動や携わってきたプロジェクトが,現地の人々にどの程度役に立ってきたのか,正直なところわからない.しかし,菊池 寛の「恩讐の彼方に」に出てくるトンネルを掘るように,いつかは向こう側の光が見られると信じている.
 最近は子供も大きくなり,「パパはそれでも本当に獣医師なの?」と言われることがある.確かにマラウイで自宅の犬がパルボに罹っても何もできなかった.狂犬病のワクチンを打ちに行って,反対に犬に派手に咬まれ,病院に運ばれて狂犬病ワクチンを打たれたのも僕である.専門雑誌の原稿の題名を見てもちんぷんかんぷんで目眩がしそうである.獣医師の免許取得者で,歌手,僧侶,飛行機の客室乗務員などになった方々もいると聞いたことがある.これらのつわものほどではないが,僕も専門から少し軌道を外れた一人かもしれない.でもそれも悪くない.何とかこの仕事を続けているのは,仕事に対するささやかな自己満足と,人間の生き様としてちょっと素敵だと思っているからだ.
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略 歴
1983年酪農学園大学酪農学部獣医学科卒業.
1985年同大学大学院修士課程終了.
1985年から1986年まで静岡県熱海保健所食品衛生課勤務.
1986年から1989年まで伊豆農業共済組合家畜診療所勤務.
1989年から1992年まで国際協力事業団青年海外協力隊獣医師隊員としてザンビア国「マザブカ地区伝統畜産農家開発プロジェクト」にて活動.
1993年から1994年まで日本にて動物病院勤務.
1994年から1995年まで青年海外協力隊獣医師隊員としてカンボジア国「農村開発・再定住プロジェクト」にて活動.
1995年から1999年まで青年海外協力隊獣医師シニア隊員としてフィリピン国「家畜人工授精強化プロジェクト」にて活動.
1999年から2000年まで国際協力事業団農業開発協力部に特別嘱託として勤務.
2000年から2003年まで国際協力事業団技術協力専門家としてフィリピン国「水牛及び肉用牛改良計画」に従事.
2003年技術協力専門家としてフィリピン国「セブ州地方部活性化計画」に従事.


† 連絡責任者: 木下秀俊((独)国際協力機構マラウイ事務所)
Japan International Cooperation Agency (JICA) Malawi Office P.O.Box 30321, Capital City, Lilongwe 3, MALAWI
TEL(265-1)771644 FAX(265-1)771125
E-mail : Kinoshita.Hidetoshi@jica.go.jp


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