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 6 異文化の中での仕事の進め方
  私は異なる国々に滞在し,その国の人々をパートナーとして熱帯畜産開発の事業を行ってきた.国により言葉,考え方,価値観,習慣が異なる.このような中で現地の人々と信頼関係を築き,彼らの意識を向上させることは容易ではない.現地の畜産技術者との間に緊張した一本の線をつなぎ,その線を切れることなく引いたり緩めたりする丁々発止は自分でも想像以上に神経を使うものである.相手の立場を理解し思いやる気持ち,どんな問題でも前向きに,何とかなる,そして必ず解決できるということを信条に活動を展開している.幸い,私は合気道の稽古を学生時代から40年間続けている.武道用語で言うところの「先の先,後の先」という間合いと呼吸も国際協力の展開に効果的に役立っているようである.もちろん地球の裏側で日本の国を訪れたこともない人々が合気道の稽古に打ち込んでいる姿を見ると,日本人が培った人類に普遍するものの存在を信じたくなる.
  初めての国で活動を開始する際は,自分の意見を数カ月間控えることを戒めている.他の国で行ってきた良い事例もとりあえず忘れ,その国の技術者,そして農民の目線に立って,何が求められているのか,どのような問題が横たわっているのかを十分に把握することを優先してきた.これは思ったより簡単なことではないが,この過程で色々なアプローチのオプションが見えてくる.それを一つずつ検討していくと具体的な活動方針につながる.政府開発援助の技術協力は土俵の異なる異国でゼロから取り組む戦いである.絵画ならば,真っ白なカンバスに筆を入れるようなものである.苦労も多いが,気がつけばそのダイナミズムの虜になっていた.

 7 そして今,ニカラグア
  2005年からは中米のニカラグアで「中小規模農家牧畜生産性向上計画」に獣医師として携わり,家畜衛生,人工授精,生活改善分野の指導を担当している.
  ニカラグアは中米でハイチに次いで貧しい国と言われている.近隣国のコスタリカそしてホンジュラス,グアテマラの畜産と比較しても遅れているというハンディを持っている.技術者との合言葉は,「ニカラグアに適切な普及システムをニカラグア人の手で構築し,農家の生産性向上成果を示すパイオニアになろう」である.ニカラグアのプロジェクトは3年目,いよいよ農村生活改善のための本格的な普及活動の開始である.プロジェクトの管轄地域は中央山岳地域の2県16市と広大である.多くの農家は馬に乗り数時間かけ,山や川を越えて行かなければならない場所に散在している.現地技術者の数と能力に限りがあるが,地域のニーズ,実情に即した技術,人の輪,組織を連携化させ生活改善普及に取り組むべく多岐に渡る活動を展開中である.
写真4 農家訪問は馬に乗り山を越え,川を渡って行く(右端が筆者)
写真4 農家訪問は馬に乗り山を越え,川を渡って行く(右端が筆者)
 8 最後に
  私は異なる発展途上国で一貫して畜産普及の仕事に携わってきた.現地の技術者とともに農家の立場に立ち,真に役立つ技術を開発し,普及体制を整備し,農民へ指導を行ってきた.土,作物そして家畜に直接触れ,農民の伝統を学び,適正技術を開発することは容易ではない.適正技術というのは「[1]低コスト,[2]高い効果,[3]安全,そして[4]簡単」である.そして,この一連の作業の根幹は「人作り」であり,現地の技術者を育てることである.色々なハプニングが日常的に生じるが,思いやり,そして厳しく,愛しく育てることである.心身ともに健康で,逆境にも耐え,そして農民と誠実に接し,指導できる「人作り」である.私もまだ未熟で毎日が試行錯誤との格闘である.先進国と異なり発展途上国では国民の大半は農民である.そして農民の多くは貧困で,一般的に保守的である.普及とは祖父そして父から受け継いできた毎日の農作業,家畜管理方法を現地技術者の指導により改善することであり,作業体系を変えることである.これは大変な挑戦だが,やりがいもある.日本の若い獣医師の方々にも大いに挑戦してもらいたいものである.人生目標は言うに及ばず,長期,中期展望の目標,毎日生じる課題についても,少々高い目標を設定し,前向きに挑戦してもらいたい.気が遠くなるような課題でも,一つの殻を破ると新しい世界が始まり日常化する.一つでも多くの殻を破り,生きがいのある分野で挑戦していただくことを祈念している.発展途上国では手を付けていない調査・研究課題が山積している.そして皆さんの挑戦を,扉を開いて待っている.
  日本獣医師会にこのような機会を与えていただいたことを感謝しつつ筆をおさめたい.


略 歴
 1970年日本大学獣医学科卒業.1974年から1977年にかけてマダガスカル国で日本の合弁会社に所属し,SEPAMという実験農場支配人として勤務.1978年から1984年まで「北部マダガスカル畜産開発プロジェクト」にJICA長期専門家として勤務.帰国後,JICA特別嘱託としてJICA本部勤務.1985年から1987年までボリビア国サンタクルス県の国立ガブリエル・レネ・モレノ大学獣医学部にJICA長期専門家として勤務.1988年から1990年まで「ボリビア国家畜繁殖改善計画」にJICA長期専門家として勤務.帰国後,JICA特別嘱託としてJICA本部勤務.1991年から1995年まで「インドネシア国人工授精強化計画」にJICA長期専門家として勤務.帰国後,JICA特別嘱託としてJICA本部勤務.1996年から2003年まで「ボリビア国肉牛改善計画」にJICA長期専門家として勤務.帰国後,JICA特別嘱託としてJICA本部勤務.現在,(有)アールディアイに所属し,2005年5月から再びJICA長期専門家として「ニカラグア国中小規模農家牧畜生産性向上計画」に勤務.


† 連絡責任者: 冨永秀雄
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