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解説・報告

MRI世代から見た犬や猫の神経疾患の
診断や治療の現状と最新知見

枝村一弥(日本大学生物資源科学部専任講師)

枝村一弥
1 は じ め に
  近年,獣医療の発展による動物の高齢化が進展する一方,ミニチュア・ダックスフンドやチワワが人気犬種となっている.このような背景から,神経疾患を診察する機会が増加している.1980年代までは,神経疾患を診断するために,問診,視診,触診,神経学的検査といった,視て触る診察を中心に病巣部位の推測や疾患の鑑別を行っていた.1990年代初頭からは,我が国の獣医療においてもComputed Tomography(CT)やMagnetic Resonance Imaging(MRI)といった高度画像診断装置が導入され,神経疾患の診断が格段に進歩した.近年では,CTやMRIを備えている施設が全国的に増加しつつあり,関東地域では動物専用の画像診断センターも利用できるようになってきている.このような背景から,CTやMRIなどの画像診断は以前よりも身近なものとなり,剖検でしか診断の得られなかった神経疾患の多くが生前診断可能となった.
  筆者は,1999年に大学を卒業したため,学生時代に教育を受けた大学付属動物病院にはすでにMRIが設置されており,MRIの無い時代の神経疾患の診断や治療を経験していない.したがって,今回はMRI導入後の犬や猫における神経疾患の診断の画一化及び基準化の試みや,神経病領域の診断や治療に関する最新知見について述べる.また,神経疾患の機能回復の中心となるリハビリテーションも近年注目されつつあり,動物におけるこれらの国内外の動向についても触れる.

 2 神経学的検査シートの作成と検査の統一化
  CTやMRIといった高度画像診断装置の普及や,飼い主の神経疾患に関する知識や治療への期待の高まりとともに,一次診療施設における神経疾患の診断技術の向上が求められている.神経疾患の局在診断,疾患の重症度及び予後を判定するには,神経学的検査が重要な位置を占める.しかし,検査の難解さから敬遠されることも少なくない.実際には,神経学的検査は特殊な器具や器材を必要としないため,誰でもいずれの施設においても実施が可能である.残念なことに,授業や実習で神経学的検査を教育していない獣医学系大学も多く,学生への教育が不十分であるため,卒後に検査法が我流になりやすいという問題点があった.また,診療施設間において統一した検査法が決められていなかったため,検査の内容,結果,解釈が施設間で異なっていた.これは,画像診断センターや神経疾患の専門診を行っている二次診療施設との間での症例の受け渡しがスムーズにいかない原因のひとつとなっている.したがって,神経疾患の診断法の基準化の策定は,現在の獣医療において必要不可欠と考えられるようになってきた.
  そこで,獣医神経病研究会では,神経学的検査は画一化された知識と技術と解釈が必要であると考え,各大学での相違や誤認識を訂正し,平成16年に統一化した神経学的検査シートを作成した(図1).獣医神経病研究会公認の神経学的検査シートは,個体情報と病歴,観察,触診,姿勢反応,脊髄反射,脳神経検査,知覚,排尿機能という項目に分類されており,この順番で行うことにより系統立てた神経学的検査を行うことができる.姿勢反応は,神経疾患と整形外科疾患などの他の疾患との鑑別をするためのスクリーニング検査として重要である.次いで,脊髄反射を行って,病巣が中枢神経にあるのか末梢神経にあるのかを絞り込んでいく.さらに,詳細な脳神経検査を行い,脳に障害が存在するか否かを鑑別していく.最後に,皮筋反射や深部痛覚の有無などの知覚に関する検査を行い,病巣の局在診断や麻痺の重症度を把握する.
  獣医神経病研究会公認の神経学的検査シートは,研究会のホームページ(http://www.shinkei.com/)から会員外でも無料でダウンロードすることができる.現在では,この神経学的検査シートを中心に大学教育も行われており,獣医神経病研究会では臨床現場での使用も推奨している.是非とも,多くの獣医師が神経疾患の診断時に,この検査シートを使用していただくことを期待している.この検査シートをより使いやすいものとなるように検討を重ねているので,気になる点のある方は,獣医神経病研究会研究部会まで意見をいただけたら幸いである.
図1 獣医神経病研究会公認の検査シート1 図1 獣医神経病研究会公認の検査シート2

図1 獣医神経病研究会公認の検査シート.(本検査シートは,獣医神経病研究会のホームページ
http://www.shinkei.com)からダウンロードして会員外でも使用が可能.)

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