4 動物衛生研究所・生産病研究チームが取り組んでいる研究課題と主な成果 動物衛生研究所の生産病研究チームでは,平成18年度から22年度までの5年間に行うべき課題(中課題)名を「生産病の病態解析による疾病防除技術の開発」とし,行うべき課題内容として,「代謝障害では周産期疾病や消化器・呼吸器障害等の病態発現機序を解析し,血液生化学的手法や理化学的手法を応用した早期疾病診断技術を開発する.繁殖障害では発症要因を解析し,効率的な繁殖衛生管理のための家畜の生殖補助技術の高度化及び生体情報のモニタリング技術や生理活性物質を応用した繁殖障害防除法を開発する.泌乳障害では乳汁の免疫細胞機能を解析し,乳房炎の発病機序を解明し,早期診断技術を開発する」を上げている.具体的実施項目(小課題)を5課題,更に細部項目(担当課題)14課題を設定し,文科省や厚労省の科研費,競争的資金,農水省委託プロジェクト研究及び交付金といった研究資金を基に,生産病防遏のための研究を推進している. その課題の細部項目と,主な研究成果を紹介する.
聴性脳幹反応(ABR)を電気生理学的にとらえることにより,非破壊的且つ非侵襲的にBSEを生前診断する手法を開発中である.すなわち,乳用牛及び肉用牛を用い,左右の耳孔にシリコン製の音刺激用イヤホンを挿入し,105dBから65dBまで10dBごとに段階的に刺激音圧を変え,誘発電位測定装置を用いてABRの陽性波(I ,II ,III ,V波)における健康牛とBSE牛との違いを調査中である. 蹄病等の運動器疾患に伴う歩行異常を早期に発見するシステムを開発するため,牛の四肢及び背中に加速度センサーを取り付け,歩行運動のデータを採取した.得られたデータについて歩行リズムの揺らぎ解析(DFA解析)を行った.また,パソコン上で操作できる歩行スコア算出ソフトウエアの開発も行った.その結果,当システムは,蹄病等に起因する歩行異常の摘発に有効であることが確認された.
臨床症状を示さない潜在性ケトーシスでも免疫機能の低下,ストレス抵抗性低下を招き,乳房炎等の感染性疾病の引き金になる.最近,ケトーシスや脂肪肝の治療にグルカゴン投与が有効であることが示された.そこで本研究ではケトーシスの予防・治療法開発の一環として,ドラッグデリバリーシステム(DDS)を応用してグルカゴン及びグリセロールをケトーシス発症牛に徐放投与し,治癒効果を調査中である. 濃厚飼料の代替として(高TDN)粗飼料を牛に多給した際の,ルーメン内での内毒素の産生・吸収量の変動(毒素低減効果の評価)と肝臓・胃腸・循環器系等の生理機能への影響を検討した.その結果,給与飼料を濃厚飼料多給に変換すると,ルーメンアシドーシスの程度が軽度であっても,ルーメン中にエンドトキシン(LPS)が高濃度に産生され,また再度,粗飼料多給に切り換えると比較的速やかにLPS濃度が減少することがわかった.更に,ルーメン内で増加したLPSの血中への移行(吸収)条件として,ルーメン粘膜の損傷(ルーメンパラケラトーシス)の有無が大きく関与していることが示唆された.
特殊な子宮深部人工授精用カテーテルを用いて,ブタ体外受精卵の非外科的移植により子ブタを誕生させることに世界で初めて成功した.ブタの子宮頸管はラセン状をしていてしかも狭くて非外科的にブタ胚を移植することは大変難しかった.この開発によって,手術室や手術道具は一切不要となり,生産現場での胚移植が可能になった.更に,子宮深部への人工授精も可能なため,従来の10分の1の精子数での人工授精も可能になった.体内発育胚を用いる場合,供胚豚と受胚豚の発情周期を考慮することで,外科的胚移植と同等の受胎率及び産子数を得ることが期待できる.なお,開発したカテーテルについては特許出願中で,動物医療用器具の製造許可を取得して本年度から販売を開始する予定である[11].
ブタ体外生産胚を用いて,タイムラプス撮影法を応用した発生カイネティクス解析及び走査型電気化学顕微鏡による胚の呼吸活性の測定を行い,発生カイネティクス解析及びブタ体外生産胚の特徴を調べた.その結果,これらの測定が,ブタ胚の無侵襲的な品質評価法として有効であることが示された. 課題5:乳房炎における免疫細胞機能の解析と早期診断・治療技術の開発
乳房炎の予防や治療のためには,乳房に細菌が感染後できるだけ早期に診断することが重要であるが,これまで感染早期の乳房炎診断法は開発されていなかった.当研究において,乳房への細菌感染直後に乳汁中の貪食白血球が著しく活性化すること,また,その活性度合いに比例した量の化学発光が起こることを発見した.更に,その発光は乳汁体細胞数の増加よりも早く起こることも明らかにした(図2).そこで,貪食白血球が放出する化学発光量を判定指標として用い,乳房炎の早期診断法を開発した[5-7, 10](図3).また,この診断法を基に,酪農現場でも使用できる乳房炎の早期・迅速診断装置(ポータブルタイプ)を開発した(写真1). サイトカインの1種である顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)やインターロイキン8(IL-8)は,貪食細胞の増産や殺菌能,走化能を亢進することが知られている.そこで,ブドウ球菌由来の潜在性乳房炎罹患乳房にこれらのサイトカイン(遺伝子組換えサイトカイン)を投与した.その結果,感染早期の潜在性乳房炎であれば,これらのサイトカインによって治癒できることを明らかにした[8, 9].更に,サイトカインをリポソームで包埋(DDSサイトカイン)すると,徐放効果によって治癒効果は更に高まることを明らかにした. フローサイトメーターを用いて乳房炎を発症する牛と発症しない牛との血液及び乳汁中白血球の細胞構成比の比較を行った.その結果,乳房炎発症分房と非発症分房では,初乳中の単核球サブポピュレーションが異なることが示された.特に乳腺免疫においてCD14+細胞が感染防御に重要な役割を担っていることが示唆された.また,分娩後の乳房炎発症予測マーカーとして初乳CD14+細胞率の測定が有用であることが明らかとなった. |
図2 ─ 自然発生乳房炎に伴う乳汁化学発光能(CL能:■,×106cpm)と体細胞数(SCC:●,×104個/ml)の反応の比較 0日以降に黄色ブドウ球菌が検出され,化学発光能も0日以降に大きく上昇した.しかし,体細胞数は1日目以降の増加となった.このような現象は,連日採乳して乳汁成分を調べていると,時々見られる. |
図3 ─ 化学発光による乳房炎判定の原理 乳房内に細菌が侵入すると,乳汁中の貪食細胞が活性化し,活性酸素を放出して侵入細菌を殺菌する.その活性酸素量に比例して化学発光が起こる.その化学発光量を定量することにより,乳房への細菌侵入を早期に発見できる. |
写真1 ─ 化学発光に基づく乳房炎診断装置 |
5 お わ り に 以上,生産病で問題となっている項目のおもなものについて,また,それらに絡んで,動物衛生研究所,生産病研究チームが取り組んでいる研究内容を概説した.上述したように,顕著な臨床症状を示す生産病は,治療技術の向上に伴い減少しつつある.一方,臨床症状を示さない潜在性生産病や周産期疾病のいくつかは,ほとんど解決の糸口さえも見つかっていない状況にある.つまり,宿主の生理機能や免疫機能を深く理解した上でなければ解決できないような疾病ばかりが取り残されている,といった現状である.しかも,そのような疾病こそが畜産農家を苦しめ,経済的な圧迫を加えている元凶と考えられる.そのような疾病の抜本的な解決を図るには,解決すべき疾病に的確に焦点を合わせ,獣医畜産領域の各研究機関や畜産現場等が連携を取りつつ,本腰を入れて疾病撲滅に取り組む必要のあることが痛感される. |
参 考 文 献 | ||||||||||||||||||||||
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