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解説・報告

高齢者福祉施設等で実施される
「アニマルセラピーについての効果」の検証事業


水谷 渉(日本動物病院福祉協会会長・神奈川県獣医師会会長),
柴内裕子(同協会顧問),内山 晶(同協会理事),
大澤晴子(元同協会職員)

水谷 渉 先生写真
水谷 渉
 1 は じ め に
  (社) 日本動物病院福祉協会(Japanese Animal Hospital Association,以後「JAHA」という)では,1986年5月より,アニマルセラピー事業(当会での呼称は「人と動物とのふれあい運動(Companion Animal Partnership Program=CAPP,以下この稿ではCAPP活動と表現する)」を開始した.現在までの約21年間で,通算7,200回を超える活動が全国で実施され,施設の担当者や介護職員,入所者の家族の方々からは,CAPP活動は対象者にいろいろな効果をもたらす,との感想をいただいている.
 今回,平成18年度厚生労働省老人保健事業推進費等補助金により,(社) 脳機能研究所社長 武者利光氏,東北大学サイクロトロン・ラジオアイソトープセンター核医学研究部教授 伊藤正敏氏,帝京科学大学理工学部アニマルサイエンス学科助教授 横山章光氏のご協力を得て,表記検証事業を実施することができた.
 まず,CAPP活動中の対象者をビデオテープで記録し,その表情や動作の変化を観察した結果,動物がそばにいると笑顔になるケースが増え,介護者との会話も活発になることが数値的に確認された.また,施設スタッフに対するアンケート調査によると,ビデオテープによる観察調査同様の結果が検証され,さらに,スタッフにとっても大変有意義な活動であることが確認された.
 脳波測定による調査では,CAPP活動の効果が確認できたものの,対象者の認知度により脳波測定が困難なケースが多くなるため,認知症がある程度進行した対象者には不向きであることがわかった.
 PET脳画像化解析による調査では,被験者は動物との触れ合いの最中,情動的に安定していたとみることができる,との結果を得た.
 本稿では,ビデオによる観察調査,施設スタッフに対するアンケート調査について報告する.

 2 CAPP活動での高齢者の様子及びコミュニケーションのビデオ撮影による観察
 20年以上続いてきたCAPP活動の中で,高齢者が動物とふれあうことによるさまざまな効果が見られてきた.それらの効果は,例えば,動物に声をかけることが発声のリハビリに役立つ,長い間無表情だった高齢者が動物と接して明るい表情を取り戻した,日頃ほとんど記憶を失っていた高齢者が動物と接して動物にまつわる思い出話をするようになった,日頃会話をすることがなかった高齢者が施設スタッフやボランティアと会話を交わすようになった等である.動物とのふれあいによるこのような効果は,日頃のCAPP活動の中で観察され,施設スタッフやボランティアが感じてきたことである.
 動物が人間にもたらす効果には,社会的効果,精神的効果,そして生理的・身体機能的効果の3つがある.社会的効果とは,社会性の向上やコミュニケーションを促す効果であり,精神的効果とは,動物がいることによって自尊心や世話をしなければならないという責任感,自立心,安堵感,笑い等がもたらされる効果である.そして,生理的・身体機能的効果とは,動物の世話に伴い運動や発語が,そして動物への興味に伴い体の各部位の運動等が促される効果である.
 CAPP活動等の訪問型の活動では,これら3つ全ての効果を得ることは難しいが,単調になりがちな施設での生活の中に,アクセントとなる楽しみをもたらし,可愛い動物と接することで高齢者に笑顔をもたらし,また動物とのみではなく動物を介してボランティアとの会話やふれあいが可能となり社交性やコミュニケーションも促されることが期待されている.
(1)方   法
ア ビデオ撮影による記録
 2006年10月から2007年1月の間に7カ所の施設で行われたCAPP活動(計16回)において,のべ109人の高齢者(女性80人,男性29人)をビデオ撮影した.特に上半身,顔の表情,口の動き,手の動きが分かるように撮影した.
 撮影されたビデオを記録者が後日観察し,「動物がいる場合」と「動物がいない場合」に分けて,それぞれ3分間ずつ以下の項目について記録を取った.このうち,「動物がいる場合」と「動物がいない場合」それぞれのサンプル数のバランスや高齢者の健康状態,認知症のレベルのバランスを考慮し,健康状態が良く,周りの状況をある程度認識できている高齢者がCAPP活動に参加している2施設での記録をデータ分析に使用した.
 笑顔とは明らかにニコッとした表情が見られた時を回数として,アイコンタクトとは動物を連れているボランティアと目を合わせる様子が見られた時を回数として,うなずきとは動物を連れているボランティアやそばにいる動物に対しての意思表示としてうなずく様子が見られた時を回数として,長い会話とは動物を連れているボランティアとの会話が20秒以上続いている様子が見られた時を回数として,短い会話とは質問に対する受け答えや一言二言の話しかけの様子が見られた時を回数として,それぞれ記録しそれぞれの項目において一元配置分散分析を行った.記録者については,記録の個人差を防ぐため毎回同じ記録者がビデオを観察し記録を取った.
 CAPP活動中は,その部屋の中には常にボランティアとボランティアに連れられた犬や猫が存在し,動いている.「動物がいる場合」とは,ボランティアとその犬または猫がその高齢者をターゲットとして訪れてふれあいを持つ場合であり,「動物がいない場合」とは,その高齢者のそばに特定のボランティアとその犬または猫がいない場合である.動物がいない場合でも,部屋の中にはボランティアと動物は行きかっており,ボランティアと動物の姿は見えている.

イ 記録項目
表情:[1]笑顔 [2]アイコンタクト [3]うなずき
コミュニケーション:[1]物に触る [2]人に触る 
[3]長い会話(20秒以上)
[4]短い会話
 以上の7項目について,それぞれの回数を記録した.

ウ データ分析対象の高齢者
 高齢者入所施設(老人ホーム及び特別養護老人ホーム)に入居し生活している高齢者38名.女性31名,男性7名.「動物有りの場合」は,女性20名,男性2名,「動物無しの場合」は,女性11名,男性5名をそれぞれ観察し記録を取った.

エ CAPP活動
 CAPP活動は,毎回約40分間,参加する高齢者が円を描くように座り,犬や猫を連れたCAPPボランティアがそれぞれの高齢者を訪れ犬または猫とのふれあいを促すと言う形で進行する.参加する高齢者の人数とCAPPボランティアが連れてくる犬や猫の頭数に差があるため,約40分間のCAPP活動を通じて常に犬または猫とふれあうことはできず,犬や猫がそばにいない時間もある.CAPPボランティアには動物を連れていないボランティアもおり,高齢者への話しかけや動物を連れているボランティアのサポートをしている.

(2)結果・考察
 CAPP活動に参加した各高齢者について,「笑顔」,「アイコンタクト」,「うなずき」,「長い会話(20秒以上)」及び「短い会話」の5項目が観察された回数を記録した.なお,「物に触る」及び「人に触る」の2項目については,全く観察されなかったため,記録から省いた.
 表1に,それぞれの項目が観察された回数の平均を示す.観察・記録を行った全ての項目において,動物がいる場合のほうが高齢者の様子が活発になる傾向がある.動物がいない場合と比べると,動物がいる場合のほうが笑顔は約5倍,アイコンタクトは約9倍,うなずきは約2倍,長い会話は約2.5倍,短い会話は約2倍観察されている.
 このように,顔の動きや表情による非言語コミュニケーションや会話によるコミュニケーションが活発になる傾向が動物の存在による効果であることを確認するために,一元配置分散分析を行った(表2).
 表2から,動物がいる場合といない場合での,「笑顔(P=0.001)」,「アイコンタクト(P=0.000)」,「動物に触る(P=0.000)」及び「短い会話(P=0.049)」が観察された回数の差については,P<0.05の水準において,動物の存在が有意に効果をもたらしていることが分かる.「うなずき」と「長い会話」が観察された回数の差については,動物の存在による効果とは言うことはできない.
表1

  表2  

 表1及び表2に示される結果から,動物がいる場合といない場合とでは,動物がいる場合のほうが,笑顔やアイコンタクト,うなずき等の顔の動きや表情から読み取れる非言語コミュニケーションが活発になることが分かる.また,施設スタッフやボランティアの言葉がけに答えたり,自発的に短い言葉を発したりする言葉によるコミュニケーションも活発になることがわかる.
 「動物に触る」という項目は動物がいる場合に特有の高齢者の様子だが,動物がいる場合といない場合の高齢者が動物への興味の示し方として捉えて,観察される高齢者の様子と合わせて考察すると,高齢者は自分の目の前にいる動物にだけ興味を示すことが多く,自分に動物が訪れていない時,例えば隣の人の膝の上にいる猫や,前を通ろうとした犬に自分から触れることは稀だということに気づく.自分の膝の上や目の前に動物がいる時は興味を示して自分から動物に触れるが,手を伸ばせば届く距離に動物がいてもそれが自分を訪れている動物でない時はほとんど興味を示さないということである.そして,自分を訪れている動物がいない場合は,周りの動物に興味を示さないだけでなく,周りにいるスタッフやボランティアとの笑顔のやり取りやアイコンタクトやうなずきによる非言語コミュニケーション,言葉によるコミュニケーションが,動物がいる場合と比べて顕著に少なくなっていることは,その場の状況や雰囲気全体に対しての興味と集中力が低くなっていることの現われといえるのではないだろうか.そして,人とのコミュニケーションの間に動物が介在することによって,人と向き合っていることの緊張感が薄れ,その場の雰囲気や状況が受け入れやすくなっているのではないだろうか.また動物が一種のフォーカスポイントとなって,相手との会話に集中することができるのではないだろうか.
 本調査によって,JAHAが行ってきた訪問型の動物介在活動であるCAPP活動においても,動物がもたらす人と人との間の社会的効果,高齢者の社会化の効果が現われていることが分かった.
 CAPP活動は,施設側とボランティアの間での調整により,1カ月または2カ月に1度,または不定期に行われ,高齢者の活動への参加は自由である.久しぶりに参加される高齢者もいれば,初めて参加される方もいる.ボランティアのほうも,定期的に毎回活動に参加されている飼い主と動物のペアもいれば,いろいろな施設を周っているペアもいる.高齢者とボランティア,そして動物は,その活動が初対面という場合も多くあるが,一旦活動が始まってしまえば,顔なじみであろうと初対面であろうと関係なく高齢者の表情が変わり,笑顔が増え,ボランティアや施設スタッフと動物についての会話が盛んにされている様子が毎回観察されている.そして,このような高齢者の喜ばれる様子が飼い主と動物のペアが活動を続ける原動力にもなっていることが多くのボランティアから報告されている.
 しかし,今回の調査には,さまざまなレベルの認知症や身体的障害を持つ高齢者が含まれており,調査対象の統一が図れているとは言えない.また,動物の好き嫌いや個人の性格によっても,観察される表情やコミュニケーションのあり方は変わってくる.今後の課題として,個人の性格や施設入所前の生活状況等のバックグラウンドも考慮しながらのケーススタディを行うことによって,動物が人間に与える影響をより具体的に検証していけるのではないだろうか.また,対象者を,その特質を絞って選び観察を行うことにより,対象者の特質によって動物からもたらされる効果の違いや対象者の特質に関係なく一般的に見られる効果等多方面から詳細に考察できるのではないだろうか.


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