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伊藤 博†(日本動物高度医療センター取締役兼臨床研究所長)
1 は じ め に わが国の獣医学教育の在り方については,近年数多くの改善提案・提言が行われ,獣医界や教育界からは,国際的に対応できる獣医学教育の改革と充実が強く迫られている状況にある.欧米諸国が獣医学教育を国際統一・標準化したことで,日本の現行教育体制の立ち遅れに対する危機感は,さらに強くなる傾向にある.また,社会経済の発展や,動物との共存における意識変革に伴い,飼育者を含む広範囲な分野からは,学術的に高度な臨床技術と知識の要求が高まっている.人間と同等,場合によっては人以上の医療を動物に受けさせてあげたいというニーズも年々強くなる傾向にある. しかしながら,現状の獣医学科における教育体制では,獣医界・教育界・生活者を含む様々な分野からの要望に対応できる臨床教育・実務教育は極めて困難な状況にあり,このままでは国際的な教育レベルからの立ち遅れや,社会的なニーズ未対応による動物医療軽視が問われることになりかねない. 日本動物高度医療センター(Japan Animal Referral Medical Center;JARMeC)は,このような動物医療における課題を踏まえ「人材教育」「臨床研究」「高度医療」の領域で社会に貢献すべく,2007年6月1日に開業したセンターである.本稿では,JARMeCの「設立経緯(理念)」及び,運営組織や設備について解説を行う. |
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2 設 立 経 緯(理念) 獣医学教育体制の不備が指摘されている大きな原因としては,臨床分野での教官不足や応用・実習等の実務教育を行う施設不足がまずあげられる.現在の大学では,獣医師国家試験の全科目に対応する講座を提供できている大学はほとんどなく,非常勤の教官等で対応しているのが現状である.臨床分野の数少ない教官が,研究・教育の合間に,付属動物または家畜病院で臨床を行う体制であるため,学生に対する臨床教育が十分に行えていない.当然,臨床分野の教官は,新たな治療法の開発等の臨床開発に取り組む時間もリソースも不足しているという悪循環が続いている.また,諸外国と異なり,日本国内では卒後教育(インターン制度/レジデント制度)の制度が整っていないため,大学で不十分な臨床研修は,現状では一般の開業施設で卒後に行うこととなるが,一般の開業施設では,研修を行うに十分な施設や高額医療機器の整備は難しく,また臨床技術を向上させるための疾患別,専門診療科別の継続した症例数も不足している.よって,一般開業施設のみに頼った卒業後の臨床研修では,臨床レベルを体系的に底上げするシステムにはかなり無理がある. このような悪循環の状況を改善するには,大学の自助努力をはじめ,様々な分野での改革が必要であり,また独立行政法人化等で,国立大学における独自運営権限は増し,自助努力を向けての環境は整備され始めてはいるが,残念なことに獣医学教育環境において状況改善は進んでいない.臨床レベルを向上させるに十分な教育環境整備には,予算化等の財政問題,獣医学科の統合再編整備等の政治問題,臨床教官のそもそもの人手不足等の人的資源問題等,様々なレベルの問題が複合的に絡み合っており,その課題整理と解決策への合意形成には,今後も膨大な時間が費やされると思うが,この状況の傍観や放置は,ただ獣医療に対する社会的ニーズと,獣医師との溝をさらに深めることになっていると認識している. 日本動物高度医療センターは,このような課題と現状認識を同じくするものが,「人材教育」「臨床研究」「高度医療」の分野で世界水準以上の環境構築と実践をおこなっていきたいとの理念の基,メンバーが集まり設立にいたった.当センターの設立理念は下記の通りである.
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