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 5 PMWSの出現の経緯
 PRRSウイルス発見のニュースから遅れること3年あまり,原因不明の離乳後の衰弱と死亡の原因はすべてPRRSであると思い込んでいた矢先に,カナダ西部で1991年からPRRSとは症状の違う疾病が発生している事が始めて報告された.本疾病は,離乳後から肥育期にかけて,増体量の著しい減少(いわゆるヒネ症状),呼吸器症状,あるいは黄疸などを主徴とし,全身のリンパ節の腫大,充血等の特徴的病理所見が観察され,豚の離乳後多臓器性発育不良症候群(Postweaning Multisystemic Wasting Syndrome; PMWS)と名付けられた[2].PMWS発症豚からの病原検索の結果,豚の常在ウイルスである豚サーコウイルス(Porcine Circovirus; PCV)の変異株であるPCV2型(PCV2)が高頻度に確認された.本疾病は,その後カナダ国内の別の地域,アメリカ合衆国,フランス,スペイン,アイルランド等々で次々と発生が確認され,日本でも1998年以降報告が見られている.
 PMWSもPRRSと同様に,1991年の発生以前はその存在も不明であった典型的エマージング疾病といえる.1980年代後半以降に現在の養豚業界の経済的被害の最大の原因といわれているPRRSとPMWSが相次いで出現してきた事は非常に興味深い現象である.
 PMWSの原因ウイルスがPCV2である事が確認されてまもなく,IFAやELISAなどの抗体検査法も開発され,PCV2の浸潤調査が世界的に進められた.その結果,PCV2の陽性率は北米でもヨーロッパ各国でも日本を含むアジアでもほとんどの国で90%以上の農場陽性率を示しており,本ウイルスの浸潤状況はPRRSウイルス以上に高率である事がわかっている.しかもPCV2陽性農場のすべてでPMWSやその他のPCV2関連疾病が必ずしも発症していない点は,これまたPRRSと同様である.実はPCV2実験感染によるPMWSの再現はPRRS以上に難しく,PMWSの発症は単にPCV2の感染だけで起きるものではなく,その引き金となる要因が何であるのかは,現在における最も大きな論点になっている.
 またPCV2は,PMWS以外にも多様な疾病を引き起す事が次々と明らかになってきた.現在PCV2感染によって引き起される事が確認されている疾病について列挙してみた.腎臓と体表の点状出血が主徴の豚皮膚炎腎症症候群(Porcine Dermatitis Nephropathy Syndrome; PDNS),増殖性壊死性肺炎(Proliferative Necrotizing Pneumonia; PNP)の他にも,完全に証明されたわけではないが,流産などの繁殖障害や下痢の他,これまでウイルス原因説がささやかれながらも,原因ウイルスの特定に至っていなかったダンス病(Porcine Congenital Tremor)もPCV2が原因であるとの報告もある.
 これらの多様な病型から,アメリカ養豚獣医師協会(AASV)では昨年,PCV2によって引き起こされる疾病の総称を,豚サーコウイルス関連疾病(Porcine Circovirus Associated Disease; PCVAD)とすることを提唱した.豚呼吸器複合症(Porcine Respiratory Disease Complex; PRDC)も含め,豚病の世界はPで始まる略号であふれてしまった.

 6 PMWS診断の難しさ
 現在ではPMWSの病原体はPCV2である事は広く認められているところだが,一般的にある疾病の原因が,ある病原体であるという事を証明するためには「コッホの原則」を満たす必要がある.PCV2はPMWS発症豚の臓器から分離できるが,PMWS発症豚以外の豚の臓器からも分離される.さらにPMWS罹患豚から分離されたPCV2を用いて,PMWSを再現する事は非常に難しい.これらの事実から,逆に農場においてPMWSを診断する根拠として,単にPCV2が分離されたという事実だけでは不十分である.
 現在では,農場で死亡した子豚をPMWSと診断するための基準として,下記の3点が提唱されている.[1]離乳後の発育不良ならびに削痩を含む臨床症状,[2]リンパ組織に特徴的な組織病変の存在,[3]罹患豚の複数リンパ組織病変に中等度,もしくは多量のPCV2の存在[3]
 さらにヒネ豚というものは,生産成績の良好な農場においても,全く皆無というわけではない.事実PCV2抗体の農場陽性率は日本国内においても世界的にも90%を越え,100%近いという報告もある.また優秀な成績の農場で,稀に死亡したヒネ豚が上記の3条件を満たしてPMWSと診断されるケースもある.しかし疾病の被害の点からするとこのような発生率は,生産効率からすれば無視できる数値と考えられる.
 したがってPMWSを診断する際には,個体レベルで,今目の前の死亡豚がPMWSを発症しているかどうかという観点の他に,農場全体として離乳後の事故多発の原因がPMWSであるかの診断が必要となる[3].川嶌らは,EUや米国の診断基準を基に,農場レベルの診断基準についても提唱している.
 [1]予期されるレベルを超えた削痩を主徴とする疾病の発生,[2]個体でのPMWSの確認,[3]削痩や死亡の原因となる他の病原微生物の鑑別診断,[4]PMWSの流行型,常在型及び散発型の分類
以上の4つの診断基準を組み合わせ,農場レベルでのPMWSの診断とタイプ別を行う事で,PMWSが農場の離乳後の疾病にどの程度関与しているか,あるいはその影響のパターンを分類する事が,PMWS対策の必要性やアプローチ方法を判断する上で重要であるとしている.

 7 養豚場におけるPRRS,PMWS対策の実例
 ここまで,両疾病の出現の経緯について述べてきたが,実際の養豚場ではこれらの疾病が別々に発生しているわけではない.むしろ通常の養豚場では,両ウイルスの浸潤を同時に受けているケースがほとんどといえる.したがって農場内で起きている疾病もこれはPRRS,こちらはPMWSと区別できるものではなく,両疾病が渾然一体となって発症しているのが一般的である.死亡豚の剖検所見の違いや,抗体検査によるプロファイルテスト等により,これらのウイルスの関与の程度,あるいはどのような病原体が2次,3次感染の原因となっているのかを推定することは,その農場のワクチネーションプログラムや投薬プログラムを組む上で非常に重要である.しかし逆に,死亡豚の病性鑑定や抗体検査で違う病原体がピックアップされる度にワクチネーションや抗菌剤を頻繁に変更しても,効果が無いばかりか事故が長引いてしまう原因になりかねない.
 まずは,上記の両ウイルスの特色を念頭に入れ,母豚の免疫安定化,離乳子豚のロット毎の隔離(できればオールイン/オールアウト)を粛々と進めていく必要がある.離乳後事故率の高い農場は既に相当額の経済的損害を受けており,離乳舎の構造が悪いからといって即座に新規の離乳舎を建設する事は難しい.とりあえず急場をしのぐ為に,コストのかからない子豚隔離の方法を考える必要がある.農場内のあらゆるスペースを探し回りながら,離乳子豚を隔離できる場所を物色する.極端な事を言えば屋根があって,周りに他の離乳豚が飼育されていない場所があれば,ここにオガ粉を敷き詰めるか,平床の豚房を作って収容すれば良い.母豚の免疫安定化が確保できている農場であれば,離乳日齢は21日齢前後が望ましいが,離乳体重が6kgを切るような場合は,さらに4〜5日遅らせても良い.しかし,離乳と離乳舎への移動は同時に行うのが基本である.離乳の頻度は1週間に1回で良いが,1グループとして同居できるのは1週間が理想で,最長でも2週間が限度となる.1グループ内での日齢差は水平感染の大きな要因となる.隔離飼育は体重で30〜40kg,日齢で70〜80日齢まで継続すれば,その後,子豚舎,肉豚舎へ移動しても新たな発症のリスクは小さい.隔離離乳を行う上でのもう1つの注意点は,1豚房の中に子豚が自分で選べる2種類の環境を用意することである.PRDC罹患豚は,必要とする飼育温度が極端に高くなる.室温を30℃以上に設定しても,まだ震えてうずくまり,病豚同士で豚房の片隅に固まって寝ている.したがって普通の離乳豚房で,豚室毎に設定温度を設定しても,病豚にとって寒すぎるか,健康豚にとって暑すぎるかのどちらかになってしまい,すべての豚に快適な温度を設定する事は不可能になる.これに対処するために,離乳豚房内に保温箱を設置する方法が考えられる.病豚は暖かさを求めて保温箱内に,健康豚は外で元気に走り回り飼料を摂取する.オガ床発酵豚房の場合は,保温箱を設置しなくても,寒い豚は自分で穴を掘り発酵による暖かいオガ粉に腹をうずめて寝る.子豚が自分の好みの環境を自分で選べる豚房がPRRS,PMWS罹患農場ではストレスを最少にできる.図1〜4に離乳豚房に設置した保温箱とオガ床発酵豚房の例を示した.
図1 既存の高床ケージに後から保温箱を設置した例
図1 既存の高床ケージに後から保温箱を設置した例
図3 既存の豚房を改造し,離乳舎用のオガ床発酵豚舎に改造した例
図3 既存の豚房を改造し,離乳舎用のオガ床発酵豚舎に改造した例
     
図2 離乳舎新設時に保温箱付き豚房にした例
図2 離乳舎新設時に保温箱付き豚房にした例 
図4 堆肥舎をオガ床発酵式の大群飼育離乳舎(400頭収容)に改造した例
図4 堆肥舎をオガ床発酵式の大群飼育離乳舎(400頭収容)に改造した例

 これらの離乳豚房の隔離により離乳後事故率を低減できたら,この状態を安定的に継続させるため,離乳舎のオールイン/オールアウト化が望まれる.既存の離乳舎は,上記の隔離離乳施設への離乳豚移動により,一時的に空舎になる.(逆に空舎にできるように隔離離乳施設を設定する.)空舎期間に徹底的に離乳舎を洗浄,消毒,乾燥し,さらに豚舎を離乳豚1〜2週間で一部屋になるようにパーテーションで仕切っていく.一般的に豚舎を細かく区切ると,豚房の利用効率は悪くなり,同じ豚房数でも収容可能頭数は少なくなってしまう.さらに豚室毎にオールアウト後空舎期間を2週間以上設けると,少なくとも2〜3週間分の収容スペースが足りなくなり,その分を新設する事になる.設備の回転率を最優先してきたこれまでの養豚界では全く逆の発想であるが,長い期間で考えれば,空舎期間を十分設けながらのオールイン/オールアウトが最も効率的な生産形態となりうる.
 上記のようなオールイン/オールアウトに代表されるような飼育環境の整備は,現在ではPRRS,PMWSの最も有効な改善対策である事が,世界的に認められている.ノースカロライナ州立大学のMcCawは,1995年にPRRS対策として,2次感染菌への暴露を減少させるための管理面からのアプローチ法をMcREBELTM(Management Changes to Reduce Exposure to Bacteria and Eliminate Losses)として発表した[5].その内容は,里子の方法や哺乳豚の分娩舎での管理の方法などを具体的に列挙しており,米国の大規模農場においては,必ずしも熟練した管理者でなくともPRRSのような疾病存在下の養豚場でウイルス及び,それに続く2次感染菌の広がりを防ぐためのマニュアルとして実践されている.
 一方フランスではMadecが,PMWS発症農場に対し,症状軽減に繋がると考えられる20の衛生的管理項目を列挙し,それを実践した農場としない農場でのPMWSによる離乳後事故率の変化を追跡調査したところ,20項目の内15項目以上を実践した農場で顕著に離乳後事故が減少できた.この調査の結果を元にMadec 20 point planが提唱され,ヨーロッパを中心にPMWS対策の大きな柱として考えられている[4].米国と欧州で,PRRSとPMWS対策としてそれぞれほぼ同時期に衛生管理向上を切り口とした対策が提唱されている点は非常に興味深い.やはりこれらの呼吸器病対策を考える上で飼育環境の改善が最優先かつ不可欠である事はいうまでも無い.

 8 今後のPRRS,PMWS対策の課題
 一般衛生管理の向上を進めながら,両疾病の対策にめどが立ちつつある農場が増えている.しかし反面,関東や南九州の一部で,離乳後事故率の非常に高い状況が継続しているのも事実である.これらの地域では,必ずしもこれまで紹介してきた対策を全く無視してウイルスの垂直,水平感染を野放しにしているわけではない.母豚の免疫安定化,離乳豚のオールイン/オールアウト化,農場のバイオセキュリティ等々,様々な対策を施しながら,それでも事故の軽減を見ない農場も存在するのも事実である.
 欧米ではPCV2に対する不活化ワクチンが4メーカー(ヨーロッパ1社,米国3社)から発売,あるいは一般発売前の試験使用が認められている.特に米国では広がるPMWSの被害に対し,野外試験を拡大して,発症農場に対し試験的な使用で緊急対応しており,その効果についても有効であるという情報が増えつつある.既に日本でもこれらのワクチンが臨床試験に入っていると聞くが,日本でもできるだけ早い時期にPMWSに悩む農場がワクチンを使用できる状況になる事が望まれる.

 9 ま  と  め
 ここまでPRRSとPMWSに悩まされている農場の現状と,試行錯誤を繰り返しながらまとまりつつある対策について紹介してきた.著者自身,現在もPRDC発症農場を訪問しながら手探りで対策を練り,成功事例の積み重ねを次の農場に応用していく毎日である.このように手ごわい相手には,学問的知見の進歩,業界の自助努力,行政の対策推進の後押し,のいわゆる「産,官,学」のがっちりとした協力体制が不可欠である.米国では大学によるPRDC研究知見のネットによる公開,養豚協会がそれに膨大な費用を負担し,農務省もそれをバックアップする体制が整っているように見える.日本でもここ数年,日本養豚生産者協議会(JPPA)が立ち上がり,これに呼応して動物衛生研究所が現場に即還元できるPRRS対策研究を開始している.このような動きが少しでも加速するように,微力ながらお手伝いしていく所存である.

 

参 考 文 献
[1] 浅井鉄夫,森 正史,新沼伸吾,大角貴章,小田切雪香,林 洋一,北島克好,平井秀敏:日獣会誌,53,363- 366(2000)
[2] Harding JC : Proc West Can Assoc Swine Pract, 21 (1996)
[3] 川嶌健司,勝田 賢,恒光 裕:ピッグジャーナル,10,25-29(2007)
[4] Madec F, Eveno E, Morvan P, Hamon L, Morvan H, Albina E, Truong C, Hutet E, Cariolet R, Arnauld C, Jestin A : J Rech Porc en France, 31, 347-354 (1999)
[5] McCaw MB : Proc Allen D Leman Swine Conf, 22, 161-162 (1995)
[6] Shimizu M, Yamada S, Murakami Y, Morozumi T, Kobayashi H, Mitani K, Ito N, Kubo M, Kimura K, Kobayashi M, Yamamoto K, Miura Y, Yamamoto T, Watanabe K : J Vet Med Sci, 56, 389-391 (1994)
[7] Wensvoort G, Terpstra C, Pol JMA, ter Laak E. A, Bloemraad M, de Kluyver EP, Kragten C, van Buiten L, den Besten A, Wagenaar F, Broekhuijsen JM, Moonen PLJM, Zetstra T, de Boer EA, Tibben HJ, de Jong MF, van稚 Veld P, Groenland GJR, van Gennep JA, Voets MT, Verheijden JHM, Braamskamp J : Vet Quart, 13, 121-130 (1991)
[8] Wills RW, Zimmerman JJ, Yoon KJ, Swenson SL, McGinley MJ, Hill HT, Platt KB, Christopher-Hennings J, Nelson EA : Vet Microbiol, 55, 231-240 (1997)
[9] Yahara Y : Proc Jpn Pig Vet Soc, 24, 10-13 (1994)
[10] Yoon IJ, Joo HS, Christianson WT, Kim HS, Collins JE, Carlson JH, Dee SA : J Vet Diagn Invest, 4, 139- 143 (1992)
[11] Yoshii M, Kaku Y, Murakami Y, Shimizu M, Kato K, Ikeda H : Arch Virol, 150 (11), 2313-24 (2005)



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