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エキゾチックアニマルの生物学(XV)
― エキゾチックアニマルに由来する移入生物(2)―
5 ペットとしての哺乳類に由来する移入生物 現在,日本には種々の動物が移入生物として定着している.それらのなかには,家庭においてペットとして飼育されていた動物に由来するものが少なくない[1h6]. 移入生物がある地域に定着するには,まずその地域への導入が起こらなければならないが,その導入には意図的導入と逸出導入,非意図的導入の3つがある[7]. 意図的導入とは,ある目的をもって,たとえば食料とするため,あるいは有害生物の駆除を行うために,生物をある地域に人為的に導入することをいう.また,飼育しきれなくなったペットを意図的に遺棄することも,この意図的導入の範疇に含まれる. 一方,逸出導入とは,飼育されている動物や栽培されている植物が逸出することで,人間が意図し,積極的に行ったことではない.これには動物園等からの逸出やペットの逸出も含まれる. また,さまざまな物品の移動にともなって,それに付着して生物が移動し,新たな地域に導入されることを非意図的導入という. ペットとして飼育されていた動物が移入生物として定着する際の経路としては,上記の3つのうちの意図的導入と逸出導入がある.すなわち,飼いきれなくなって遺棄した場合と,飼い主の意に反して逃げてしまった場合である.ただし,家庭で飼育されていた動物が野外に定着した場合,それが意図的に遺棄されたものか,逸出したものかを判断することは難しい.また,ペット由来であることが明確であれば,あえて意図的導入か,逸出導入かを厳密に区別する必要もないと思われる. いずれにしても,家庭で動物を飼育する際には,それが逸出しないように細心の注意を払い,仮に飼育の継続が困難になった場合にも,安易に遺棄しないようにすることが重要である. ペットとして飼育されていた哺乳類のうち,移入生物としてすでに定着している種,あるいは今後,移入生物としての定着が危惧される種には以下のものがある. (1)フクロギツネ(図1) フクロギツネTrichosurus vulpecula は,有袋目Marsupialia,クスクス科Phalangeridaeに属する.本来はオーストラリアに生息する動物であるが,ニュージーランドに導入されて定着している.ニュージーランドでは,さまざまな種の動物を捕食したり,植物を食すほか,農業作物にも被害を与えており,害獣として大きな問題になっている. 日本では,フクロギツネは,最近はあまりみることはなくなったが,数年前までは比較的多くの個体がペット用に輸入されていた.ただし,凶暴な性質の個体が多く,決して飼いやすい動物ではない.そのため,遺棄されることも推察され,あるいはまた,逸出することもあると思われる.日本の環境下で有袋類が野生化して生活できるという確証はないが,定着する可能性は否定できず,移入生物となることが危惧されている.
(2)ナミハリネズミ 食虫目Insectivora,ハリネズミ科Erinaceidae,ハリネズミ亜科Erinaceinaeの動物を総称してハリネズミ類といい,数種がペットとして飼育されている.もっとも一般的なのはアフリカ原産のヨツユビハリネズミ(ピグミーハリネズミ)Atelerix albiventris であるが,以前はナミハリネズミErinaceus europaeus も多数が輸入されていた.ナミハリネズミは,本来はヨーロッパ等に分布するものである. 移入生物としては,ナミハリネズミと思われる種が神奈川県や栃木県などに生息している.移入の状況については不明な点が多いが,在来の昆虫類の捕食したり,在来の食虫類と競合することが懸念される. 現在,ナミハリネズミは,外来生物法において特定外来生物に指定されている. (3)タイワンザル タイワンザルMacaca cyclopis は,霊長目Primates,オナガザル科Cercopithecidae,マカク属Macacaに属する.台湾の原産である. タイワンザルの移入は,動物園あるいは観光施設からの展示用の個体の逸出が主な原因といわれている.もっとも古く野生化したのは伊豆大島で,1940年代に動物園からの逸出個体が野生化したという.その後,タイワンザルは,下北半島や和歌山県に定着した.ただし,下北半島に分布していた個体群は,すべて捕獲されたようである. 日本には,固有種としてタイワンザルと同属のニホンザルM. fuscata が広く生息している.タイワンザルはニホンザルと交雑することが可能で,その交雑個体には繁殖能力があることが知られている.伊豆大島ではもともとサル類が生息していなかったが,和歌山県では在来のニホンザルとの交雑個体が多数認められ,遺伝子の攪乱が深刻な問題になっている[8].とはいえ,こうした交雑個体を駆除すべきか否かについては,さらに議論が必要である. (4)アナウサギ アナウサギOryctolagus cuniculus は,ウサギ目Lagomorpha,ウサギ科Leporidae,アナウサギ属Oryctolagus に属する.本来はフランス,イベリア半島(スペイン,ポルトガル),アフリカ北西部の原産であるが,古くから家畜あるいは愛玩用として世界各地で広く飼育されている.なお,家畜化したアナウサギのことを特にカイウサギともいう. アナウサギは,食用や毛皮の生産用,あるいは愛玩用に日本に導入され,これらが各地で野生化して移入種となっている.特に島嶼における定着の例が多いようである. 野生化したアナウサギは植生を破壊し,さらにこれによって土壌の浸食が発生する.その結果,島嶼では土壌の流出が起こりがちである.また,奄美大島においては,在来種のアマミノクロウサギPentalagus furnessi との競合が危惧されている[11]. (5)キタリス 齧歯目Rodentia,リス科Sciuridaeには,およそ50属,250種以上が知られており,古くから何種かが動物園や観光施設等での展示用あるいはペット用に輸入されている.特に近年は,いわゆるエキゾチックアニマルとして,多種のリス科動物が輸入されていた.その後,動物に由来する感染症の予防という公衆衛生学的な見地から,齧歯類の輸入は大きく制限されたが,それ以前に輸入され,野生化した種もある.現在,日本において移入生物としての定着が認められているリス科動物には4種が知られている. その一種であるキタリスSciurus vulgaris は,ヨーロッパからロシア,中国,朝鮮半島,さらに日本の北海道にかけて分布するものである.北海道に生息する種は亜種とされ,エゾリスS. v. orientis という. キタリスは,ヨーロッパや中国からペット用に輸入されていた.古くから知られている移入種ではないが,最近,東京都と埼玉県の都県境に位置する狭山丘陵で発見されたリスの死体について遺伝子の解析を行った結果,キタリスであることが明らかになったという. 日本には,在来種のSciurus 属リスとして,北海道に上述のエゾリス,本州と四国に日本固有種であるニホンリスS. lis が生息している.キタリスが移入種として定着すると,同種別亜種のエゾリスや同属別種のニホンリスと競合したり,交雑を起こす可能性がある.特に北海道に定着すれば,エゾリスとは容易に交雑すると考えられる[9]. (6)タイワンリス(図2) クリハラリスCallosciurus erythraeus の一亜種であるタイワンリスC. e. taiwanensis は,その和名のとおり,台湾が原産である. タイワンリスは,第二次世界大戦以前から動物園や観光施設の展示用あるいはペット用に輸入されていたが,現在,伊豆大島や鎌倉,江の島などの多くの地域において,逸出したものが野生化し,移入種として定着している. タイワンリスは,自然の樹洞を巣とするが,樹皮を用いて造巣することもある.また,自然の樹木や栽培植物等に食害を与えることが多い.さらに,人家に巣を作り,その際に家屋を齧って破損したり,電話線を齧るなどの被害も認められている[10].
(7)シマリス(図3) シマリス(シベリアシマリスともいう)Tamias sibiricus (=Eutamias sibiricus)は,シベリア,中国,朝鮮半島と日本の北海道に分布する.北海道に生息するものは,亜種の一つとされ,エゾシマリスT. s. lineatus という. シマリスも,現在は感染症予防のために輸入が大きく制限されているが,古くからペット用にきわめて多くの個体が輸入されていた.輸入された個体は,以前は朝鮮半島に生息する亜種の輸入が多かったが,近年は中国からの輸入が多くなっていたようである.いずれにしても,これらのシマリスは,北海道に生息するエゾシマリスとは亜種のレベルで異なっている. かつては日本各地の公園等において,輸入されたシマリスの放獣が行われていたという.また,ペットとして飼育されている個体の逸出も,その飼育個体数の多さを考えれば,日常的に発生していたと思われる.こうした個体が野外に定着し,移入種となっている. シマリスが移入種として定着すると,北海道では,在来のエゾシマリスとの競合や交雑が起こることが危惧される[9].
(8)オグロプレーリードッグ(図4) オグロプレーリードッグCynomys ludovicianus は,北米大陸のグレートプレーンズといわれる平原に生息する.地中生活を行うリスである. ペットとして多くの個体が輸入されていた経緯があり,逸出したものが北海道や長野県において野生化している. 日本においては,プレーリードッグ類と競合する可能性がある動物や,あるいは交雑する可能性のある動物は存在しないと思われる.ただし,アメリカ合衆国の一部の地域に生息するオグロプレーリードッグは,サル痘ウイルスやペスト菌の保有者になっているという.現在,移入生物として定着している個体群がこうした病原体を保有しているとは考えられないが,日本にもともと存在する病原体を保有するようになる可能性もあり,種々の感染症の媒介者として注意を要する[9]. なお,2003年3月以降,人と動物の共通感染症の予防の観点から,プレーリードッグ類の輸入は禁止されている.
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