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3 移入生物の導入 移入生物は,ある種の生物が人間活動の影響を受けて本来の生息地以外の地域に入り込んで,定着,野生化したものである.生物が移入生物として定着するためには,さまざまな要因があろうが,まず第一にその地域に導入されなければならない. この際の導入の理由及び経路は,それぞれの種によってさまざまであるが,一般には次の3つに分類されている. (1)意図的導入 ある目的のために生物を導入するということは,古くから試みられている.かつては,食料等を得るために多くの意図的導入が行われていた.たとえば,現在,日本全国に生息しているウシガエルRana Catesbeiana は,“食用ガエル”としてアメリカ合衆国から輸入され,各地に放されたものである.また,アメリカザリガニProcambarus clarkii は,このウシガエルの餌として輸入され,日本全国に分布するようになっている. このほか,有害動物または植物の駆除のために,他の動物を導入した例もある.こうした生物的コントロールを目的とした生物の導入の多くは失敗し,目的とした有害生物以外の生物に被害を与えていることが多いという.最近では,ハブ類の駆除のために導入されたジャワマングースHerpestes javanicus が奄美大島と沖縄本島に定着し,ハブ類ではなく,その他の在来種を捕食して大きな問題になっている. また,飼育しきれなくなったペットを意図的に遺棄することも,意図的導入の範疇に含まれる.アライグマProcyon lotor (図)など,飼育が困難な動物が山野に遺棄されることが多い.海外から輸入された動物の場合,日本の環境は本来の生息地とは異なっていることが多く,必ずしもペット由来の動物のすべてが野生化して生存できるとは限らないが,定着できる動物種は決して少なくない. (2)逸出導入 飼育下の動物や栽培されている植物が逸出し,移入生物として定着することがある. 哺乳類では,家畜由来の移入生物として,山羊Capra -ircus aegagrus や豚Sus domestica あるいはイノブタS. scrofaが問題になっている.野生化し,野外で繁殖している山羊をノヤギ,豚をノブタという.特に小笠原諸島では,ノヤギが植生に大きな影響を及ぼし,土壌の侵食が起こっている. 一方,動物園からの逸出の例もあり,タイワンザルMacaca cyclopis やタイワンリスCallosciurus erythraeus thaiwanensis,アライグマなどが移入生物となっている. また,ペットとして飼育されている動物が逸出することも多い.ペット由来の移入生物としては,哺乳類ではナミハリネズミErinaceus europaeus,オグロプレーリードッグCynomys ludovicianus ,アライグマなどが知られている.また,鳥類ではワカケホンセイインコPsittacula krameri manillensis や相思鳥Leiothrix lutea など,爬虫類では古くはミシシッピアカミミガメ(ミドリガメ)Trachemys scripta elegans,最近ではカミツキガメChelydra serpentina などが問題となっており,さらにまた,外国産のカブトムシ類やクワガタムシ類の定着も危惧される状況になっている. (3)非意図的導入 人間が意図しなくても,さまざまな物品の輸出入やそれにともなう移動などの際に,多くの生物が付着して移動することがある. ここで,特に留意すべき点は,動物や植物を輸入するとき,それが無菌的であることはありえず,したがって,さまざまな微生物や寄生虫も同時に輸入されてしまうことである.これは,前述の人と動物の共通感染症の問題とあわせて,今後,十分に検討すべき課題である.
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4 移入生物は何が問題か 移入生物の定着が起こると,何が問題になるのだろうか. それにはさまざまな考え方があるが,ここでは一般にいわれていることを概説したい. 移入生物により引き起こされる問題の一つは,既存の生態系への影響であろう.すでにある程度の安定を保っている生態系に新たな生物が入り込むと,当然,在来生物との競合が起こる.すべての移入生物が在来生物を圧迫するとは限らないが,多少なりとも何らかの影響を及ぼすことは確かである.そして,ある移入生物は,在来生物に大きな影響を及ぼし,たとえば在来生物を捕食したり,ニッチ(生態的地位)を奪うことによって,それらの個体数を著しく減少させることがある.さらに,こうした圧力によって,在来生物が絶滅することもまれではない.また,在来生物の絶滅により,あるいは絶滅には至らなくても個体数の減少により,他種の生物やあるいは生態系そのものが大きな影響を受けることになる. このほか,移入生物が在来生物と交雑し,在来生物の純系が失われることがある.たとえば,移入生物であるタイワンザルが在来生物であるニホンザルM. fuscata と交雑し,ニホンザルの純系の集団が消失することが危惧されている. このように移入生物によって生態系が変化したり,在来生物が絶滅,あるいはその純系が失われることによって,生物多様性が損なわれていくが,この多様性に関してはさらに,遺伝子レベルにおいても注意を払うべきである.たとえば,近年,日本の各地でメダカOryzias latipes やゲンジボタルLuciola cruciata の放流が行われている.この場合は,地域個体群の遺伝的な差異も考慮しなければならない.メダカという種,あるいはゲンジボタルという種が同一であっても,生息地によって遺伝子の組成は異なり,場合によっては表現型も異なっているからである.1例をあげると,夜行性のホタルの発光は,光シグナルを利用した雌雄間のコミュニケーションのために行われるというが,同一種であっても,地域によって発光の間隔が異なる個体群があり,こうした差異を無視しての他地域への放流には問題がある. また,移入生物は無菌的に移動してくることはありえないので,ウイルスや細菌,真菌,寄生虫など,何らかの寄生性生物も同時に侵入してくることになる.このとき,これらの寄生性生物も移入生物となり,新しい環境で新たな感染症を引き起こす可能性がある.特に,移入生物となった動物あるいは植物,すなわち本来の宿主に対しては共生的に寄生し,病原性を示さないものでも,他種の生物に寄生すると著しい病原性を示すことがある点に注意すべきである. さらに,移入生物に起因して農業や林業に甚大な被害が発生することがあり,産業上も移入生物は大きな問題となっている. |
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(以降,次号へつづく) |
引 用 文 献 | ||||||||||||
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