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解説・報告

エキゾチックアニマルの生物学(XIV)
― エキゾチックアニマルに由来する移入生物(1)―

深瀬 徹(明治薬科大学薬学部薬学教育研究センター基礎生物学部門助教授)

1 エキゾチックアニマルに起因する諸問題
 家庭で動物を飼育することに関連していくつかの問題が発生する.あるいは,発生が危惧される問題がある.その主たるものは,人と動物の共通感染症の発生と,その動物の移入生物としての定着であろう[6].
 こうした問題は,特にエキゾチックアニマルに限って起こるわけではない.しかし,一般にエキゾチックアニマルといわれる動物には多様な種が含まれており,それらの生態や疾病は必ずしも明確にはなっていない.そのため,エキゾチックアニマルに起因して予期しない感染症が発生したり,あるいはエキゾチックアニマルが移入生物として定着する可能性は,犬や猫の場合よりもはるかに高いと考えられる.

(1)人と動物の共通感染症の発生
 人と動物の共通感染症は,人間を主体として医学的あるいは公衆衛生学的にみた場合には,動物由来感染症といわれる.あるいはまた,ズーノーシス(zoonosis)ともいう.zoo-は“動物”を意味するξωον〔zoion〕,
-nosisは“病気”を意味するνόσος〔nosos〕というギリシア語(〔 〕内はローマ字転写)に由来する.すなわち,zoonosisで“動物の病気”ということになる.しかし,ズーノーシスというとき,これは単に動物の病気を意味するのではなく,人に発生する動物の病気,すなわち人以外の動物から人に伝播する病気のことをいう.
 WHOの定義によれば,ズーノーシスは“脊椎動物と人との間で自然に伝播するすべての疾病と感染”とされている.すなわち,ここでいう動物とは脊椎動物,すなわち哺乳類と鳥類,爬虫類,両生類,魚類,円口類であり,昆虫などと人との共通感染症はこの範疇には含まれていない.
 家庭において動物を飼育する際にまず第一に問題となることは,こうした人と動物の共通感染症が発生する可能性である.すなわち,動物と生活をともにすることにより,その動物が有する病原体が飼育者や他者に感染することが想定される.このとき,本来の宿主となっている動物に対しては大きな問題を起こさない病原体であっても,人に感染すると重篤な感染症を惹起することがある点に注意すべきである.
 とはいえ,人との共同の生活の歴史が長い犬や猫のような動物の場合には,その危険性は低い.犬や猫に起因する人と動物の共通感染症は,その家畜化の歴史のなかで次第に制圧されてきたからである.また,逆にいえば,人に感染を起こしうる病原体をある程度制圧しえた動物のみが家畜として世界的に拡大したということができるかもしれない.
 一方,近年になってペットとして普及した各種のエキゾチックアニマルの場合は,人に感染症を媒介する危険性が犬や猫に比べて著しく高いことは否定できない.エキゾチックアニマルは,野生動物を捕獲して売買に供されていることがある.あるいは飼育下における繁殖個体であっても,それまでの継代数が非常に少ないため,人との共通感染症の病原体を有している可能性が高い.加えて,エキゾチックアニマルでは,それらに寄生している病原体の種についても,必ずしも明らかになっていないのが現状である.
 特に,海外から輸入される動物に関しては,動物とともに病原体も輸入される危険性がある.海外で狂犬病のキャリアとなっている動物や,ペストの発生が知られている動物が輸入されるとすれば,それは防疫上,大きな問題を含んでいるといわざるをえない.

(2)移入生物としての定着
 家庭における動物の飼育に関連する問題として,感染症のほかに注意すべきことに,移入生物としての定着がある.
 家庭で飼育されていた動物が,人間の意図するところにより,あるいは偶発的に,何らかの理由で野外で生活するようになり,そこに定着し,環境に影響を及ぼすようになることは少なくない.現在,さまざまな動物が移入生物として日本に定着しているが,そのなかにはペット由来のものが多数存在している[1-5].
 以下,本稿の主題であるエキゾチックアニマル等に由来する移入生物とその問題について述べてみたい.

2 移入生物とは
 移入生物とは,一般に,その生物の本来の生息地以外の地域に,人間活動の影響によって入り込んで定着,あるいは野生化したものをいう.
 生物は,その歴史のなかで,おのおのの種あるいは個体群がそれぞれ,生息地を有している.本来の生息地において生息するものを在来生物あるいは在来種といい,これに対して,人為的な影響のもとで,本来の生息地以外で生活するようになったものを移入生物または移入種という.このとき,移入生物と称されるのは,あくまでも人間活動に起因して移動した生物のみであり,自然のなかで移動した生物は移入生物とはいわない.たとえば,風に乗って移動したり,海洋では流木等に乗って運ばれたり,また,鳥などの他の生物に付着して移動し,その移動先で定着しても,それらは移入生物ではない.
 また,移入生物となった生物の本来の生息地は,外国または海外であるとは限らない.日本は島国であり,移入生物は他の国からの生物であると考えられがちである.しかし,生物に国境は関係なく,たとえ北海道から本州に入ったとしても,あるいはまた,本州内での移動であっても,本来の生息地から新しく他の地域に入り込んだ場合には移入生物となる.
 以前は“移入”ではなく,“帰化”という表現が多用され,帰化生物または帰化動物,帰化植物などといわれることが多かった.しかし,“帰化”というと国籍を想起させ,他の国に由来するという印象が強い.先に述べたように生物の移動と定着は外国ないし海外からのみ成立するわけではないので,“移入”という言葉を用い,移入生物あるいは移入動物,移入植物,または移入種というほうが適切であろう.
 また,“侵入”と表現し,侵入生物,侵入種などということもあるが,“移入”というのとほぼ同義と考えてよい.
 なお,「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」(いわゆる外来生物法,制定:平成16年6月2日法律第78号,最終改正:平成17年4月27日法律第33号)が制定されて以降は,移入生物あるいは移入種といわずに,これにもとづいて外来生物といったり,あるいは外来種というのがふつうになっている.しかし,この法律は,“「特定外来生物」とは,海外から我が国に導入されることによりその本来の生息地又は生育地の外に存することとなる生物(以下「外来生物」という.)であって…”と定義しており,国外からの生物の導入についてのみ問題としていることは明らかである.これは国内における移動も同様であるという生物の移動に関する本来の立場とは異なるため,本稿では“外来”とはせずに“移入”ということにする.
 また,移入生物と移入種の使い分けについてはそれほど神経質になる必要はないが,“…種”というと,生物の系統分類学上の種と混同しがちなため,ここでは移入生物と表記する.


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