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5 動 物 検 疫
 動物検疫に関しては,1992年に動物・魚類・植物検疫法が制定されている.国際的な防疫のための検疫所は全国に26カ所設置されている.国内向けには,州や島の間の家畜移動の際に検査をする移動家畜検疫検査事務所がある.しかし,インドネシアは,多くの島々からなり,ジャワ島以外への移住政策もあり,家畜を伴った人の移動も多い.
 大きな港には,輸入牛や初生雛を始めとして動物検疫を行う体制を組んでいる.しかし,国際的な動物検疫所の施設及びスタッフの数も十分とはいえない.新たに検疫所の設置が予定されている.
 国内の家畜移動の検査については,まして人材が少ない状況である.たとえば,1998年に新たに狂犬病が発生した東ヌサテンガラ州では西チモールに5カ所,フローレス島に7カ所,スンバ島に2カ所,コモド島に1カ所の移動動物検疫検査事務所があるが,約半数の検疫所は獣医師が配置されていない.法の徹底が浸透しておらず,国内検疫日数も各地で異なっていた場合もある.もっとも,豪州からの輸入牛の導入先のフィードロットでは,自家検疫を徹底している.
 検疫対象物は家畜,畜産物の他,飼料も対象になっている.近年,BSEの関係で,インドネシアもミートボーンミールなどの牛用飼料への利用を禁止しているが,配合飼料も重要な検疫対象物である.今後,ASEANとの交流の中で,動物検疫が益々重要となろう.
 なお,一般の人々は小型の船で移動し検疫所のないところから上陸する場合もあるので,動物検疫の完璧な実施はきわめて困難である.1990年代後半から豚コレラや狂犬病等が全国各地に蔓延したが,動物検疫の網の目をくぐりぬけたものも多いと言える.
(参考)インドネシアからの出国に当たっての犬・猫の動物検疫手続き

(1)獣医師から当該家畜の健康証明書(Surat Kesehatan)を発行してもらう.
(2)狂犬病(Rabies)の予防注射を接種し,接種実施済みの証明書を出してもらう.
(3)上記の証明書をもって,州(またはジャカルタやジョグジャヤカルタ特別区)の畜産部(Dinas Peternakan)に行き,動物の外国持ち出しに関する証明書の発給を受ける.
(4)州の畜産部の証明書を合わせもって,ジャカルタの農業省畜産総局衛生局(Jl. Harsono RM No. 3,Jakarta GedungC Lantai9(C棟9階))へ行き,輸出検疫許可証を作成してもらう.
 この際,家畜の種類・品種,年齢,大きさ,色,雌雄の別,愛称(名前)を記入したメモを持っていく.
(5)この許可証は,動物検疫所長宛の文書でもあり,担当課長の署名が必要となる.担当課長は,会議等で不在の場合も多いので,手続きは,早目に行うのがよい.出国の最低10日前に許可証を入手できるようにするとよい.

(参考)日本における犬などの検疫
 近年,チワワ(メキシコ国チワワ州原産)の出るCMにより,小型犬の輸入が増加し,12,000頭以上(2003年は17,000頭弱)の犬が輸入されている(動物検疫所HP).日本では狂犬病予防の関係で,種々の基準(ワクチンの接種の有無など)で最短12時間以内,最長では180日間の検疫が必要である.2000年1月から,犬以外でも狂犬病に罹患する猫,あらいぐま,きつね,スカンクが検疫の対象になっている.

表5 日本の動物検疫,動物の検疫数量(狂犬病予防法関連)

6 動 物 薬 事
 インドネシアでは,動物薬事が農業省の所管とされたのは,1967年の家畜及び動物衛生に関する法律によるが,以来制度的,技術的に整備されて現在にいたっている.特に,1991年12月に新たな政府規則が制定され,動物薬事行政の体制が確立した.日本がインドネシアの動物医薬品検査所に対するプロジェクト方式技術協力を行ったのもこの時期からである.
(1)家畜用ワクチン,抗生物質製剤の生産量
 インドネシアにおいては,いくつかのワクチンを,スラバヤのワクチン製造センター及び一部の民間会社で製造している.しかし,多くを海外からの輸入に頼っており,1997年7月の経済危機以後は,その輸入も減少してきており,家畜疾病の発生が増加傾向にある.当時のインドネシアの家畜用ワクチン,抗生物質の製造量を(表6)に示した.
(2)動物医薬品関連業者
 インドネシアの動物医薬品関連業者の数は(表7)のとおりである.
表6 インドネシアの家畜用ワクチン,抗生物質の製造量

表7 動物医薬品関連業者

7 獣  医  師
 ジャカルタ,スラバヤなどの大都市や観光地でもあるバリ島では,小動物の診療が行われているが,地方においては犬や猫などの診療を行う施設は少ない.
 大学の獣医学科を卒業したもののほとんどは,公務か農協に勤めることになり,業務は,畜産行政,家畜衛生研究所,家畜保健所,動物検疫所,公衆衛生部門(公務員としてのと畜検査を含む)などがある.卒業1年目で地方の家畜保健所の所長(ただし所員無しの場合も多い)になる場合もある.若い獣医師は,技術向上のための研修などを欲している.獣医補も獣医師との共働の仕事を求めているが,厳しい予算状況の中でままならない状況である.
 なお,インドネシアには獣医学科のある大学(5年制)が5校あるが,近年獣医学科への入学者数を増加させている.1999年の5校の入学定員(予定)枠は550名であったが,まず700名まで広げ,2003年には760名まで増大している.

8 動 物 福 祉
 家畜の飼養管理上の動物福祉に関しては,これまで家の周辺に放し飼いにしていたものが,鶏や豚ではインテグレーションにより飼育されるようになり,牛(酪農,肥育牛)においては舎飼いが多いが,ほとんど放牧場もなくその生涯を畜舎にいる状態のものもあり,動物福祉上は問題である.
 また,狂犬病が発生した際もフローレス島では検査する事なくすべての犬を撲殺する方法が取られていたが,人間が生きる上での厳しい環境が,動物までの福祉に心配りする余裕はない状況といえる.私も,1998年の11月にフローレス島で,「1頭の犬の撲殺に立ち会って下さい.」と頼まれた.共通感染症撲滅のためとはいえ,獣医師の自分としては,涙なくして見ることはできなかった.そして,緊急対応の他,JICAに翌年度のワクチンを要求し,予算を獲得したものだった.

9 お わ り に
 日本は,2002年の口蹄疫(宮崎県,北海道)や2004年の西日本の鳥インフルエンザを撲滅したように優れた家畜衛生組織がしっかり機能している.公衆衛生面でも狂犬病を撲滅して久しい.今後も,国内の家畜衛生体制を万全なものとして維持していく必要があることは言うまでもない.なお,団塊の世代の多くの獣医師の方が定年を迎え退職されるが,優れた技術を活かし,アジア等の諸外国の高病原性鳥インフルエンザや狂犬病対策に貢献されることを期待したい.


† 連絡責任者: 森山浩光(ベトナム畜産研究所(NIAH))
Thuy Phuong Tu Liem, Ha Noi Viet Nam
TEL +84-4-8383087


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