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解説・報告

エキゾチックアニマルの生物学(XIII)
― ハムスター類の診療の基礎(3)―

深瀬 徹(明治薬科大学薬学部薬学教育研究センター基礎生物学部門助教授)

 ハムスター類には,ゴールデンハムスターのように,雌雄を同一ケージで同居させて飼育すると,雌が雄を攻撃する種がある.そのため,ハムスター類,特にゴールデンハムスターは,必ずしも雌雄をペアとして飼育することが推奨されるものではない[4].
 その一方,ハムスター類は,雌雄の個体を同居させると,簡単に交尾が行われ,飼育下において容易に繁殖させることが可能である[4].ただし,繁殖が容易であるとはいえ,それに付随して種々の問題が発生することもある.
 本稿では,ハムスターの診療に関連する事項のうち,飼育下におけるハムスター類の繁殖とそれにともなう諸問題,さらに生殖器系疾患について概説する.

14 飼育下におけるハムスター類の繁殖
 ハムスター類の繁殖については既報[5]に略述したが,ここでは飼育下において繁殖させる際の注意点を中心として述べることにする.
(1)ゴールデンハムスターの繁殖
 ゴールデンハムスターの雌は生後6週,雄は生後8週ほどで性成熟をする.ただし,実際に繁殖に供するのは,これよりも2週間ほど経過して以降,すなわち8〜10週齢以降になってからが望ましい.
 ハムスター類の繁殖は,通年にわたって行われる.自然の光周期のもとでは,秋から冬にかけて生殖活動が低下する傾向があるが,ペットとして家庭で飼育されている場合には,光周期が乱れていることがほとんどである.こうした状況では,1年に数回の繁殖が不規則に行われることが多い.
 ゴールデンハムスターの性周期は4日で,1回の性周期は発情前期,発情期,発情後期,発情間期(発情休止期)の4つの時期に分けられている.発情前期は約14時間,発情期は1.5日間,発情後期は7〜8時間,発情間期は2日間未満である.
 発情前期には,少量の透明な粘液が膣から分泌され,膣垢像として多数の角化上皮細胞と少数の有核上皮細胞が認められる.続いて発情期になると,強い臭気を発する黄白色の粘液が膣から多量に分泌されるようになる.この時期の膣垢像には,有核上皮細胞が特徴的である.その後,発情後期には,膣からの分泌物の量が減少し,膣垢像は少数の有核上皮細胞と白血球を示すようになる.そして,発情間期には,退行した有核上皮細胞と白血球が観察される.[7, 8].
 交配を行わせるには,通常,雄を飼育しているケージに発情前期にある雌を収容する.あるいは雌雄を同一ケージで飼育している場合には,適宜に交配が行われる.ただし,ゴールデンハムスターは,同一ケージに複数の個体を収容すると互いに闘争することが多く,特に雄に対する雌の攻撃性が強い傾向がある.そのため,交配させるとき以外は,1個体ずつ飼育し,雌の発情周期を確認したうえで,雄と同居させることが推奨される.
 交配が成立したか否かを確認するには,雌雄の個体を同一ケージに収容した翌朝に,雌に膣栓(plug)の存在を検索する.膣栓とは,雄の精漿中に含まれる凝固腺分泌物が精嚢分泌物を凝固させ,雌の膣口を塞いだものである.膣栓を確認するほか,雌の膣垢中に精子を認めることによっても,交配が成立したと考えることができる.
 妊娠期間は15〜16日,長くても19日までである.
 1回の分娩の産子数は,1個体から十数個体と変異に富むが,6〜7個体前後であることが多い.
 新生子の体重は1.5〜3gである.通常,生後12〜14日で眼が開く.授乳期間は3週間ほどである.
(2)ドワーフハムスター類の繁殖
 ドワーフハムスター類の繁殖は,ゴールデンハムスターに比べると容易ではないといわれるが,そうした傾向はあるにしても,著しく困難ということはない.特にいったん繁殖を行った個体は,簡単に次回の繁殖を行うようである.
 ヒメキヌゲネズミ(ジャンガリアンハムスター)は,雌が90〜130日,雄が150日ほどで性成熟をし,1年に数回の繁殖を行う.
 妊娠期間は18〜19日,1回の分娩の産子数は1〜9個体で,多くの場合は4〜5個体である.
 新生子は,生後10日ほどで眼が開く.授乳期間は16〜18日である.

15 母獣による新生子の食殺
 ハムスター類の繁殖に際して発生する大きな問題の一つとして,母獣による新生子の食殺(cannibalism)がある.この食殺は,分娩から数日の間に高頻度に認められ,特に初産の雌に多く発生する.
 食殺は,分娩された同腹の新生子の個体数を減じ,その母獣のもとで良好に発育できるコドモの数を適正にするための調節機構であり,あるいはまた,次の性周期への回帰を容易にする意義もあるといわれる[2].しかし,飼育下においては,食殺は決して好まれることではなく,できるかぎり防止したいと考えるのが常である.
 食殺を完全に予防することは,おそらくは不可能であろう.しかし,いくつかの注意を払うことにより,発生頻度を減少させたり,あるいは食殺される個体数を減少させることが可能である.食殺を防止するには,妊娠した雌のハムスターは,それ1個体のみでケージに収容し,他の個体とは同居させないようにする.また,分娩の1週間前から分娩後1〜2週間の間は,ケージの清掃を行わず,ケージをできるかぎり静寂な場所に設置する.新生子に手を触れるのは,絶対に避けるべきである.さらに,十分な量の飼料と飲水,さらに巣材を供給し,少量の動物性飼料やドッグフードも給与するとよいという.

16 不   妊
 ハムスター類は,ペットとなっている哺乳類のうちで,もっとも繁殖が容易な動物である.しかし,雌雄の個体を同居させても,ときに繁殖が成功しないことがある.
 ハムスター類の不妊の原因はさまざまである[6].他種の動物と同様に,雌の側に原因がある場合と雄の側に原因がある場合が考えられるが,そのほかに飼育環境に問題がある可能性も考慮すべきである.
 ハムスター類の繁殖が行えないときには,第一に,その個体が性成熟しているか検討すべきである.前述のように,ゴールデンハムスターは,雌が生後6週,雄が生後8週ほどで性成熟し,ヒメキヌゲネズミは,雌が90〜130日,雄が150日ほどで性成熟をする.これ以前の若齢の個体では,繁殖は行われない.
 一方,老齢の個体は,繁殖能力が低下していることがある.15カ月齢以上になると,次第に繁殖が行えなくなる.また,老齢の個体に繁殖を行わせると,雌の体力を著しく消耗させることがある.実際に繁殖に供するのは,性成熟から2週間ほどを経過して以降,1歳齢くらいまでとしておくのがよいと思われる.
 年齢以外の要因としては,栄養状態が考えられる.栄養が不良であると,生殖器系の機能が低下し,繁殖が行えなくなることがある.
 また,寒冷であったり,日照時間が不足しているなど,飼育環境が不適切な場合にも,ハムスター類は不妊となる.
 さらに,ケージが透明であったり,巣材が不足している場合にも,繁殖が行われなかったり,食殺が行われることがある.特にケージの材質は齧歯類の繁殖成績に大きな影響を及ぼすようである.ハムスター類の例ではないが,著者は,ある系統のマウスの繁殖に際して,ケージを半透明のプラスチック製のものからアルミニウム製のものに変更したところ,繁殖効率が上昇し,食殺を著しく減少させることに成功している.
 なお,ハムスター類においては,疾病による繁殖障害の発生は比較的少ないように思われるが,次項で述べるような雌の卵巣及び子宮疾患がみられることがある.


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