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6 国際化に向けて
 スポーツ装蹄への脱皮を目指して,日本の装蹄技術の改革が始まった背景には,競馬や馬術領域の国際化があった.なかでも1981年に始まったJRA主催の国際競走「ジャパンカップ」がそのきっかけを作ったことは間違いがない.海外から参戦する一流馬への装蹄対応がまず大きな命題であった.積極的に海外の競走馬装蹄の技法を取り入れる努力の一環として,日本装蹄師会では,ジャパンカップ競走が始まった翌年,1982年から装蹄研修団を初めて米国に派遣し,以来25年間にわたり毎年研修団を派遣して,情報の収集と技術の習得・普及に努めてきた.この研修団は,当初は米国各地を視察する方式であったが,今では毎年2月に開催されるAFA主催の米国装蹄競技大会に選手団を送り込む定例事業として定着している.
 この25年間の米国研修団派遣事業は,単なる技術研修ではなく,両国の業界交流の架け橋としても大きな役割を果たしている.特に日本の装蹄業界における資格制度や教育システムは,技術面で世界をリードする米国からも高く評価されている.最近では,生体力学を基本とした装蹄理論の講演依頼を受けることもあり,また米国から日本に視察団を送り込む話も舞い込んでいる.さらにAFAでは,両国間での装蹄交換留学生制度も検討しているという.そんな動きが実現し,新たな国際交流の幕開けを期待したい.もちろん欧州との交流も視野にいれなければならないが,まずは一方通行の国際交流ではなく,長い付き合いの米国との間で,双方向の技術交流を目指して確実な基盤を構築することが今後の課題であろう.

7 牛のフットケア
 本稿をまとめるに当たり,主題を馬の装蹄に絞ったが,日本装蹄師会では併行して牛削蹄師の養成と認定制度も運営推進しているので,それについても多少触れておきたい.
 牛削蹄師の認定制度は,馬の装蹄師の資格が国家資格から認定資格に切り替わるよりも先に,昭和40年から発足した.もともと資格制度のなかった牛削蹄領域では,装蹄師法の廃止が検討されたのにあわせ,先行して認定制度が構築されたのである.したがって,認定資格の要項は,認定装蹄師のそれと基本的には同じである.当初は,馬の飼養頭数の減少を理由に装蹄師の多くが牛削蹄への転業や兼業を図ったが,現在では生粋の牛削蹄師が大多数を占めている.専業の牛削蹄師の実数は不明であるが,平成18年5月現在で認定資格を持つ牛削蹄師は約2,600人,そのうち日本装蹄師会に加入して活動する牛削蹄師の総数は約1,000人である.乳牛の場合,平均年2回の削蹄が推奨されているが,その総飼養頭数約170万頭,肉牛を含めて牛の飼養総頭数約450万頭の足元を管理するには,まだまだ牛削蹄師の不足は否めない.そこで日本装蹄師会では,各地の畜産関係団体の協力を得て,牛削蹄師の養成と認定に努めているが,厳しい労働条件が災いしてか,専業の牛削蹄師として定着する人数はそれほど多くない.
 最近は,生産病の一つとして牛の蹄病が捉えられるようになってきたことから,全国各地の大動物専門獣医師や一部獣医系大学の先生方のフットケアへの意識が高まりつつある.このような背景のなかで,健全な畜産経営に寄与するため,良質な技術を提供することができる認定牛削蹄師の養成は必須の要件である.また,蹄病への対策として,最近では患部を荷重から保護するための特殊資材や削蹄技法も登場し,伸びすぎた蹄を削切する単なる維持削蹄ではなく,積極的な蹄病予防削蹄や獣医学的治療をサポートする保護削蹄への注目も集まりつつある.そこには,獣医師と牛削蹄師との連携体制が不可欠である.現在,両者の「連携強化」を図るための施策の一環として,日本装蹄師会では,日本獣医師会や全国農業共済協会の協力の下,全国巡回方式での獣医師を対象とした牛削蹄技術研修会を立ち上げ,獣医師の削蹄技術への理解を深めることに努めている.

8 お わ り に
 馬と牛では,その飼養目的や用途こそ大きく異なるが,蹄が土台としてその大きな体を支えていることに変わりはない.それら家畜の健全性を維持し,目的に沿った機能を発揮させるには,装蹄や牛削蹄も合理的な指針に基づく技術として確立されなければならない.牛削蹄は近年,獣医学領域との連携強化を図る流れに乗りつつあるが,装蹄が獣医学領域から切り離され,あたかも独立技術として推移するようになって久しい.獣医師の資格を持つ筆者は,装蹄もまた馬の獣医技術の一部であるという信念を抱いて装蹄業界に係わってきた.蹄鉄を自在に操る装蹄師と薬物療法や外科手術を駆使する獣医師が,馬のフットケアのために連携しようとするとき,両者が相互に納得できる知識として,そこには生体力学の知識が不可欠である.それは牛の削蹄やフットケアにも共通する.筆者としては,引き続き生体力学を導入した装蹄や牛削蹄の理論構築に努めたい.馬や牛に係わる獣医師諸氏には,新たな視点からのフットケアにご理解いただき,隣人あるいは同志として,装蹄師や牛削蹄師とのよりよい関係を構築していただきたいと念願している.それがわれわれに貢献する馬や牛への恩返しに繋がると信じつつ.


† 連絡責任者: 青木 修(日本装蹄師会 装蹄師教育センター)
〒320-0851 宇都宮市鶴田町1829-2
TEL 028-648-0007 FAX 028-648-9944


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