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意見(構成獣医師の声)


4 特定部位の考え方
 BSEの検査法は,解体時に延髄部を採取して指定機関で検査を行い陰性と判定された牛肉だけが消費者に提供されている.また,人間に感染することを未然に防止するために特定部位(SRM)が取り除かれるなど厳格な規制が設けられている.しかし輸入牛肉は,20カ月令未満で特定部位を取り除いたら,その他の牛肉部位は,食用に提供しても人間に感染するリスクが少ないので安全であるかの様な説明で表現されているが,生後の早い時期に感染が成立し異常プリオン蛋白質が増殖蓄積して21カ月令を迎える陽性間近い牛がいた場合は,特定部位だけを取り除いても効果は薄く危険極まりない.仮に20カ月令未満を含めBSEの陽性牛が判らないままに食用に提供された場合,一人の人間が一頭の牛肉を全部食べてしまうのならば,人間に感染するリスクは一人で済むかもしれないが,店頭で販売され不特定多数の人が食べるとなると感染する危険性は,大きく拡散することが考えられる.牛の体内で正常組織の状態で存在する正常プリオン蛋白質は“らせん状構造”を多く含む構造になっているが,異常プリオン蛋白質に自発的に変換をすると“板状構造”を多く含み凝集性を持った安定した蛋白質になるといわれている.
 正常プリオン蛋白質は,全身の神経細胞の情報伝達機能に重要な役割を担っていて,脊髄神経の骨格筋神経細胞や末端である皮膚神経細胞等の全身の神経細胞内に含有しているものと考えなければならない.このことから,現在,特定部位と指定されている部位の中で比較的異常プリオン蛋白質が溜まりやすいとされているが,脳,脊髄等は神経の集合体であって,はじめから正常プリオン蛋白質が多く集まっているために,そこに存在している正常プリオン蛋白質が異常プリオン蛋白質に自発的に変換しただけであって,異常プリオンが他の部位から多く集まってくるとは考えられない.したがって,脳や脊髄等の神経細胞が沢山に集まっている神経細胞の太い部分には,異常プリオン蛋白質の自発的変換が多いために,異常プリオン蛋白質の検出がしやすく,筋肉内や皮膚内神経細胞等の細かい部分では,異常プリオン蛋白質があっても少ないことから検出しにくいものと考えられる.このことから,BSEの疑似患畜や感染が比較的に早い時期であっても,一定の期間を経過した牛の全神経細胞含有部位の総てを危険部位と考えなければならない.
 現状での異常プリオン蛋白質は,通常,動物の体内に蓄積されている正常プリオン蛋白質を異常プリオン蛋白質に自発的に変換するといわれているが,運動機能失調症になること等,正常プリオン蛋白質の蓄積と神経細胞との因果関係及び異常プリオン蛋白質と神経細胞との因果関係を考えるとプリオンが異常変換をするだけでは説明の付かないことがあまりにも多い.BSEの異常プリオン蛋白質は神経細胞に親和性があるといわれている通り,特定部位と指定されている部位の自律神経細胞及び末消神経細胞をはじめ,体内の総ての神経細胞内にある正常プリオン蛋白質を異常プリオン蛋白質に伝達し自発的に変換して神経細胞を萎縮させ運動機能失調症をもたらし,機能障害を起こしていることは事実である.
 しかし体内に存在している正常プリオン蛋白質の機能も,BSEの異常プリオン蛋白質がどのようにして神経細胞の情報伝達機能を阻害しているかが判明していない.
 本来,プリオンの性質として,プリオンが同系種であっても抵抗性に段階的な強弱があって,プリオン蛋白質を加熱すると立体構造が壊れて本来は機能を失うが,基本的には性状が似ているものと考えられる.
 BSEの異常プリオン蛋白質は,132℃の加熱温度では不活化しないが,国際獣疫事務局(OIE)は133℃,20分,3気圧による加熱処理で不活化の基準として1997年に設定されている.世界保健機関(WHO)によると,134℃,18分間の高圧蒸気滅菌で十分な加熱処理をするように設定されている.
 このことからBSEの異常プリオン蛋白質は,高熱に対する性質を持っており,通常の体内に蓄積している正常プリオンとは熱に対する抵抗性に極めて大きな相違がある.
 通常の正常プリオン蛋白質は総ての神経細胞の中に含有していて,神経細胞の情報機能と密接な関係があり,本来一体的な相乗作用の性質を持っているものと考えられる.異常プリオン蛋白質は正常プリオン蛋白質を抵抗性のある濃度の高い強力な異常プリオン蛋白質に伝達し変換して行くのではないかと考えられる.
 したがって,BSEの陽性牛の肉骨粉由来の飼料を介して小腸部位の粘膜細胞から吸収し取り込まれた異常プリオン蛋白質がどのようにして,神経細胞の集合体である脳内の神経細胞に伝達をしていくのか,そのメカニズムは明らかにされていないが,栄養素を吸収することが役割りである小腸の細胞内に取り込まれた異常プリオン蛋白質は,凝集状態でしかも溶解され難いため,小腸の細胞内に異物として認識され白血球のマクロファージ及びリンパ球に取り込まれ血流を介して全身を駆け巡り各部位のリンパ節に集められ,総ての神経細胞内の正常プリオン蛋白質を介して自発的に伝達変換していくものと,一方では回腸遠位部の細胞内に取り込まれた異常プリオン蛋白質は,腸間膜リンパ節に取り込まれると同時に回腸遠位部内の神経細胞に存在する正常プリオン蛋白質や末梢神経細胞・自律神経細胞内にある正常プリオン蛋白質を通して,次々に異常プリオン蛋白質に伝達していき,最終的には正常プリオン蛋白質が一番多く集まっている神経細胞の集合体である脊髄・脳内の神経細胞にまで伝達して行くものと,いち早くマクロファージーやリンパ球を介して脊髄・脳内に伝達感染してきた異常プリオン蛋白質は,脊髄・脳内で増殖蓄積しながら全身の神経細胞内にある正常プリオン蛋白質を異常プリオン蛋白質に伝達して行く,3通りの伝達を同時に進行しているのではないかと考えられる.
 現在,特定部位と指定されている部位は,脳・脊髄・脊柱の中枢神経や背根神経節,三叉神経節の末梢神経節,回腸遠位部,扁桃,眼球であるが,特定部位と決定された根拠は限られた感染実験成績に基づくものであるといわれている.羊のスクレイピーで見られる通り,異常プリオン蛋白質が確認されている部位は,BSEで特定部位と指定されている以外に,リンパ節,脾臓,硬膜,松果体,胎盤,脳脊髄液,下垂体,副腎,鼻粘膜,骨髄,肝臓,肺,膵臓,胸腺等いわば全身の臓器ともいえる部位から検出されている.
 このことから,牛体内の神経細胞を有する総ての臓器を検査対象として科学的な検索を行い検証して,学問的に立ち遅れている未解明の疑問点を科学者が自ら試験研究に参画して,真相の究明について総力を上げて早急に解明することが重要である.

5 異常プリオン蛋白質の鶏,豚,馬,養殖魚,犬科動物への伝達感染
 肉骨粉由来の飼料を動物性蛋白質として給餌している可能性のある家畜は,牛,馬,豚,鶏,羊,養殖魚等である.そのうち,異常プリオン蛋白質が原因で発症するプリオン病に羊のスクレイピーがある.羊のスクレイピーはどんな飼料を食べて発症しているのかいまだに解明していない.しかしBSEは,羊のスクレイピー陽性羊をレンダリングをすることによって,その肉骨粉を動物性蛋白質として牛に与えたことが原因で罹患が始まっている.
 さらには,罹患した羊や牛のレンダリングの肉骨粉由来の食物連鎖による飼料給餌を続けたことによって,今日,人に至るまで異常プリオン蛋白質の伝達感染被害が大きな問題となっている.
 文献によると,BSEの異常プリオン蛋白質は「種の壁」があって豚,鶏には,伝達しないと報告されている.しかしながら,仮に少ない実証試験事例や短い期間の中で伝達感染はしないと判断をしているとするならば,適切な判断とはいえない.何故ならば,動物園で飼育されているトラ,サル,バイソン,クドウー,チーター,ピューマ,猫等の動物には日常の給餌で人工的に伝達感染をしたと報告されている.仮に正常プリオン蛋白質が神経細胞生理機能に重要な役割を担っているとしたら,人,牛,羊の正常プリオン蛋白質が異常プリオン蛋白質に出会うと自発的に変換され伝達感染をしているのに対して,豚,鶏の神経細胞に存在している正常プリオン蛋白質も同じ生理作用の働きをしているものと思われるのに,何故伝達感染をしないのか不思議であるといわざるをえない.
 伝達感染には,動物間の「種の壁」があるとはいえ,神経細胞生理機能を持った豚,鶏が伝達感染しないと確信を持っていいき切るまでには,生後1年以内の若令期から長期にわたりBSE由来の肉骨粉を給餌して,充実した実証感染実験を繰り返し期間と頭羽数・時間を掛けて真実を究明し,科学的な研究に基づいた内容を基本として安全・安心の立場から厳格に検証をしなければならない.BSEの異常プリオン蛋白質によって伝達感染をして発症をするまでには,2年から8年間以上かかるとされている.しかし食用としての鶏の関係では,ブロイラーは生後60日から65日,採卵鶏では,2年から3年,肉豚では6カ月,繁殖豚は2年から4年間と飼育期間が短く短命で食用にまわされることから,仮に豚,鶏に異常プリオンが伝達感染をしていても症状が出る前に食用として処理されることから,実証試験研究をして検証するまでにいたっていないのではないかと思われる.なお犬科動物には,伝達しないと報告されているが,狂犬病とBSEは神経を介して伝達する構図が類似していることから,狂犬病ワクチンが異常プリオン蛋白質の伝達関与に対して,どのように反応をするのか検証する必要がある.

6 さ い ご に
 私の経験から,家畜法定伝染病のBSEを根絶するためには,異常プリオン蛋白質の性状機序の究明とともに,徹底した防圧対応を行わなければ根絶することはできないと考える.
 今回,私が展開したBSEの理論を整理すると,[1] 感染した異常プリオン蛋白質が正常プリオン蛋白質を自発的に変換して増殖蓄積している変化を20カ月令と21カ月令とに機械的に月令で区別して取り扱うことは的を得ていない.[2] 感染した牛は全身が危険部位と考えられることから,異常プリオンが溜まりやすいとされる脳・脊髄等の危険部位を除去したからといって,その他の部位は安全という解釈は,末消神経や筋肉内神経に含まれていると思われる異常プリオン蛋白質が,そのまま残っているので危険である.[3] 同じ正常プリオンがあると思われるのに豚,鶏には異常プリオンが伝達感染しないのかなど,BSEについては,解明しなければならない試験研究の課題が山積している.
 私がこれまで経験してきた家畜法定伝染病の防疫業務の体験を下に,BSEという未解明な部分が多い新たな家畜法定伝染病に対する基本的な認識について既存の文献等を踏まえ,思いつくままに考え方を述べさせていただいた.
 現在,BSEの調査・研究,また,防疫対応に当たられておられる関係獣医師の方々からご意見・ご批判を賜れば幸甚である.日本獣医師会会報の場を介し,関係者間で種々議論が展開され,これがBSE対策の一層の充実に繋がることを望む.


† 連絡責任者: 古好秀男(岡山県農林漁業担い手育成財団)
〒700-8570 岡山市内山下2-4-6
TEL 086-224-2111 FAX 086-224-1278

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