会報タイトル画像


解説・報告

エキゾチックアニマルの生物学(XII)
― ハムスター類の診療の基礎(2)―

深瀬 徹(明治薬科大学薬学部薬学教育研究センター基礎生物学部門助教授)

8 ハムスター類に使用する薬剤
 多種多様な動物用医薬品が開発されているが,いわゆる産業動物を対象としたものを除けば,その多くは犬または猫用であり,エキゾチックアニマルの飼育が定着し,それらの診療を行う機会が増しているとはいえ,各種の動物のための薬剤が開発されるにはいたっていないのが現状である.
 エキゾチックアニマルといわれる動物のなかでは飼育個体数が多いフェレットやウサギ,ハムスター類であっても,犬や猫に比べればその数は著しく少ない.したがって,こうした動物用の薬剤を開発しても,開発費用等に見合うだけの使用が見込まれないのであろう.また,それぞれの種の動物に対する薬剤がなくても,他種の動物用の薬剤や人体薬を使用すればそれなりに診療が行えることも,各種の動物用の薬剤を開発する要求が高まらない一因であると思われる.
 したがって,現在のところ,ハムスター類に対しては,他種の動物用の薬剤か,または人体薬を使用することになる.犬と猫を主たる診療対象としている動物病院においては,通常は牛や豚,馬用の薬剤は備えていないであろうから,犬または猫用の薬剤と人体薬を使用することが多いといえる.

9 薬剤の効能外使用
 動物に使用する薬剤は,動物用医薬品として農林水産省により製造や販売が承認される.この承認は,おのおのの薬剤について,対象の動物種ごとに効能及び効果を規定し,用法及び用量が設定されている.
 したがって,獣医臨床において想定される薬剤の効能外使用には,対象とする動物種が承認どおりであっても,効能・効果が承認外であったり,さらにそれにともなって用法や用量が異なっている場合と,投薬を行う動物種そのものが異なる場合がある.
 以下に,ミルベマイシン オキシムを例として,いくつかの場合を考えてみたい.

(1)承認対象動物種において承認用法・用量により非承認効能・効果を求める場合
 薬剤の効能外使用のうちで,もっとも逸脱が少ないのは,投薬の対象とする動物種が承認されているものと同一であり,用法・用量も同一であるが,薬効を求める疾病が異なる場合である.
 たとえば,ミルベマイシン オキシムの各種製剤は,犬を投与対象とし,犬糸状虫の成虫寄生予防(幼虫殺滅)及び犬回虫,犬鉤虫,犬鞭虫の駆除を効能として承認されているが,犬糸状虫のミクロフィラリアに対する殺虫効果も示す.
 ミルベマイシン オキシム製剤をミクロフィラリア駆除のために投与する場合,対象とする動物は犬であり,動物種としては本来の承認事項と一致するため,承認されている用量の範囲内である0.5mg/kgを投与[1]するかぎり,安全性についてそれほど神経質になる必要はないだろう.
 なお,ミクロフィラリア駆除にともなってある種の症状が発現することがあり,それに対しては細心の注意を払うべきであるが,この症状は死滅したミクロフィラリアに対する生体反応にもとづくものであって,ここで問題としている薬物そのものの副作用ではない.

(2)承認対象動物種において非承認用法・用量により非承認効能・効果を求める場合
 ミルベマイシン オキシム製剤は,犬の毛包虫の駆除に使用することもある.ただし,毛包虫症の治療のためには,1日1回または数日に1回の割合での反復投与が必要である[5].
 こうした場合には,承認されている用法・用量と異なる投与を行うため,対象とする動物種は同一であっても,安全性に対する十分な注意が必要である.

(3)非承認対象動物種において承認事項と同一の用法・用量により同一の効能・効果を求める場合
 他種の動物への使用としては,たとえば,フェレットにおける犬糸状虫成虫寄生予防のためにミルベマイシン オキシムを投与する例があげられる.この場合,対象とする疾病は承認されているものと同一であり,用法及び用量も0.5mg/kgの毎月1回経口投与と,犬に対して承認されている用法・用量の範囲内である[1, 2].
 しかし,投薬を行う動物種が異なるため,たとえ薬効そのものに問題はなくとも,安全性が十分に保証されているとはいえない.ここにあげたミルベマイシン オキシムの場合は,上記の用量をフェレットに投与しても問題は発生しないと考えられるが,すべての薬剤が他種の動物に対して安全であるとは限らない.
 ハムスター類に各種の薬剤を投与するのも,これに類することが多い.仮に抗生物質を投与する場合,その抗生物質の本来の使用対象の動物においては,特に大きな問題は発生しなくても,ハムスター類では菌交代現象により下痢を発することがある.
承認外の動物種への投薬にあたっては,安全性について十分な注意が必要である.
(4)非承認対象動物種において承認事項と異なる用法・用量により異なる効能・効果を求める場合
 承認外の動物種に対して,本来の効能・効果と異なる薬効を期待して投薬を行うこともある.たとえば,ミルベマイシン オキシムの例でいえば,ハムスター類の毛包虫症の治療に用いるのがこの場合に相当する.
 しかし,対象動物種が異なり,対象とする疾病も異なると,用量の設定はきわめて困難である.相当の知見が集積されているのでないかぎり,こうした使用は避けるのが無難であろう.
10 ハムスター類に対する薬剤投与の注意点
 以上に述べたように,ハムスター類に対する薬物の投与は,そのすべてがその薬剤の効能外の使用となる.人体薬を用いる場合はもちろんのこと,動物用医薬品を使用する場合であっても,投薬の対象であるハムスター類は,承認されている動物種とは異なっている.
 したがって,投薬に際しては,有効性と安全性について十分に留意しなければならない.有効性に関しては,その薬剤の本来の使用対象である動物種におけるのと同等の効能・効果が得られるか,前もって詳細に検討すべきである.前号[3]でも述べたとおり,犬や猫に比べて,ハムスター類は体サイズが著しく小さく,代謝速度が速くなっている[6].そのため,ハムスター類に対しては,一般的に犬,猫に投与するよりも高用量が必要である.
 また,安全性に関しては,承認薬でない以上,ハムスター類に対して安全であるという保証はまったくない.ある種の動物には安全な薬剤であっても,他種の動物には副作用を発現しやすいものもある.この場合,薬剤の有効成分そのものの安全性は高くても,賦形剤成分が副作用を示すことがある.したがって,ある薬物のある製剤をハムスター類に安全に使用できたとしても,同一薬物の他の製剤も安全であるとはいうことはできない.
 いずれにしても,薬剤の有効性と安全性を確認するためには,多くの使用経験の蓄積が必要である.成書や種々の論文,症例報告等からこうした知見を収集して診療にあたるとともに,自らの診療経験を報告していく姿勢が重要であり,こうした過程を経てエキゾチックアニマルの診療が発展していくはずである.
 なお,ハムスター類への薬物投与に際しては,飼い主に対して,現状ではハムスター類のための承認薬がなく,承認外の薬剤を使用せざるをえないことを十分に説明し,これに付随して発生する問題,特に予期せぬ副作用の発生の可能性を確実に伝えておくことが重要である.そして,確実な同意,可能であれば文書による同意を得たうえで薬物を投与することを推奨したい.


次へ